パリのマダムの・・・ volume68

『スプーンの秘密』

今回はスプーンのお話。
西欧には「銀のスプーンを口にして生まれた」という表現がある。
(英語)Born with a silver spoon in one’s mouth
(仏語)né avec une cuillère d’argent dans la bouche
銀のスプーン=富であり「裕福な家庭に生まれた」という意味になる。

そこで、出産や洗礼のお祝いに、銀のスプーンやティンパニ(コップのようなもの)、ナプキン留めが入ったコフレを贈る伝統や習慣ができたが、快適な生活への願いが込められている。

娘も、親戚からこの種のプレゼントをいただいた。銀製品は、抗菌・除菌であり、落としても割れないので、赤ちゃんや幼児が使用するものとして、安全でかつ実用的である、とされるが、結局、一度も使わずに飾りになってしまった。

日本でも30年くらい前からこの習慣が取り入れられたと聞いた。多くはベビースプーンに名前が入っていたり、誕生石が入っていたりして…“くわえる”ことはほぼ無く、飾る事を前提としているのだとか。ふむふむ

こんなこと書くと、マウントしている、と思われてしまいそうだが、銀のカトラリーにはちょっとこだわりがある。Christoffleクリストフルのヴィンテージを持っていて、来客用の魚料理、パスタ、サラダなどに使っている。

肉料理の時は、これもフランスならではのブランドLaguioleラギオールで、我が家はClaude Dozormeクロード・ドゾルムを使っている。特徴は刻印的に虫のマークが入っていること。最初は「ハエ?!まさかね」で、「セミ?」と思ったら、ミツバチだったという(笑っ)
持ち手は、今では貴重なブラジルのリオ産のローズウッド製。
正直ちょっと自慢かも(#^^#)

使い心地を比較してみないと実感としてはわからないと思うのだが、それは、お箸にも言えること。木や竹の太さやフォルム、手ざわり、舌ざわり、デザインがお洒落とか、感覚というのは微妙で繊細なものだと実感できる。

今、使っているお箸は、京都で豆腐料理のお店に連れて行って頂いた時に、出てきたお箸で、とても気に入ってプレゼントして頂いた、竹のお箸。とても細いのだが、指や手に馴染みがよく、夫でもウマく使いこなせている。

話を戻すが、スプーンは、また結婚の象徴でもある。ブルターニュ地方では、結婚式でスプーンでピュアバターが贈られる…日本やアメリカでいうところのFirst Byteファーストバイトと同じ?

スプーンは強いつながりを象徴するものとして、結婚するとスプーンとともに家に入る、という感じで、離婚や夫が死別すると、それを処分するらしい。

さて、カトラリーは、地球上で最も古い調理器具の一つ。その中でも、最初に使われたのはスプーン。最初のスプーンは、貝殻や実用的な石などのオブジェを使い柄がなかったが、そのうち、動物の骨を使用して柄をつけた。

考古学の発掘によると、柄付きのスプーンが紀元前1000年から古代エジプトで宗教目的で使われていたということだ。象牙、木、フリント(火打ち石)、スレート(粘土)などの素材で作られ、華やかな装飾と象形文字で覆われていた。

しかし、手軽でコストもかからないことから、木製が一般的に最も多く使用された。ギリシャ帝国、ローマ帝国の時代になると、裕福な人々の間で、ブロンズやシルバー製のスプーンが使われるようになり、それは中世まで続いた。

イングランドで最初に記録されたスプーンは、1259年に遡る。エドワード1世のワードローブ?! の一つに数えられていた。エジプト人と同様、当時のスプーンは、食事のみならず、儀式や富と権力の証明でもあり、例えば、英国の各王の戴冠式の前には、新しい君主に儀式用のスプーンを注ぐ儀式があったのである。

銀のスプーンは社会階級を表し、それを持つ人は土地を持つ中流階級を示すものだった。今日、財布や鍵を持って歩くのと同じように、my spoonを持って、パスポートや運転免許証、或いはクレジットカードなとど同じような身分や信用を表したのである。

ところで、日本では、スプーンのことを「匙(さじ)」と言うが、江戸時代、将軍家や大名の侍医のことを匙を使って薬を量ることから「お匙」と呼んでいた。「匙加減」「匙を投げる」という様な比喩表現はソコから生まれたと言われている。

一方、フォークはと言うと、同じく、古代エジプトに出現した記録があるが、現在の中国に当たるQujia文化(紀元前2400-1900年)で使用されたと言われる。これが、数千年後に、シルクロードを経由してヴェネチアに広がった。

ところが、西洋では、そもそも“指”こそ、神が与えた“フォーク”であるのに、人工の金属フォークを使うのは何事か、と言う考え方があった。

スプーンが丸みを帯びたくぼみで優しい印象を持つのに対して、フォークの方は、ずいぶん長い間、悪魔の使う道具と結びついていたため、フォークが普通に使われるのはかなり後になってからのこと。

さて、今日、抗菌・除菌に、銀や銀イオンが使われることからもご存知と思うが、銀は、冷血動物のバクテリア、菌類、幼虫などには有毒である。水は多くの病気の媒介物であるが、水筒に銀製品を入れておくと水は腐らないというのを古代人もよく知っていた。

ヨーロッパ貴族が銀食器を愛した理由は、富の象徴である以外に、特に王位継承者に対する毒殺が頻繁に起きたので、暗殺防止のためでもあった。そして、上流階級の生活の中で、大切なお客様を迎えての晩餐会に、銀食器を使うことで「食べ物には毒が入っていませんので、安心してお召し上がりください」という意味もあった。

コンゴ民主共和国のレガ族は、平和の象徴として、その隣人が魔術にかけたり毒殺したりしないように、お互いの口にスプーンを置く、という儀式を行うそうだ。

銀製品は、長い間放置しておくと、空気中の硫黄分と反応して変色するので、常に手入れをして磨かねばならない。つまり、それを保つための経済力と忠実な家臣がいる、という証拠にもなった、というわけだ。

ちなみに、中国、北朝鮮・韓国、日本は、箸文化だが、北朝鮮・韓国では、銀或いは金属の箸を使ってきた。銀製は、西欧と同じく毒殺を防ぐ、という意味合いがあったが、それ以外に、戦いが盛んだった時代に、持ち運びが便利で衛生面でも比較的安心であったこと、さらに、キムチを食べる習慣があって、匂いや色がつかない金属製が重宝されたらしい。

ついでに、陶器製の中国スプーンを、日本では「蓮華レンゲ」(散蓮華チリレンゲ)と呼ぶ。
蓮の花から散った一枚の花びらに見立ててこの名があるそうだ。とても優雅な命名。
本国では、北方人は“勺子シャオズ”、南方人は“湯匙タンチー” と言う。

レンゲは、スープや麺類、ご飯類、汁物料理など、様々な料理で使う。日本では日常生活にも普通に使われているが、正式な持ち方を知っている人は少なくスプーンと同じように握っている人が多いのでは? 正しい持ち方は、溝の中に人差し指を入れ、柄を親指と中指で挟むように持つのだそう。

中国では器を手に持つことを嫌うので、できるだけ器はテーブルに置いたままの状態で、箸で料理を口に運ぶ。しかし、汁がポタポタ垂れてしまうので、左手にレンゲを持って、受け皿として使う、と言うわけだ。

さらに、取り分けた料理に調味料を混ぜる際にも使う。本場の中国では、食卓に必ず豆板醤やからしなどの調味料が出ていて、好みでつけながら食べるが、蓮華に料理を乗せて、そこに調味料を加えて、箸で口に運ぶ、と言う流れだ。

アートの世界でも、スプーンを題材にした作品が多く見受けられるが、スプーンの象徴的意味を知って見ることで、印象もかなり変わってくるのではないか、と思う。

たかがスプーン、されどスプーン?! ぜひ、いろいろ探して楽しんでほしい。

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