パリのマダムの・・・ volume50

『雑学「金・銀・銅」』

もう東京オリンピックの話題はないと思っていた10月中旬、仏6チャンネルのニュースの中で、ジャマイカ選手(金メダリスト)を救った日本人ボランティアTijana Kawashima Stojkovicさんを取り上げていた。スラブ系ハーフ?と思ったら、お父様がセルビア人。
ご参考:https://www.asahi.com/articles/ASP8M6FV7P8MUHBI032.html

Decathlonという仏スポーツグッズメーカーが、彼女の行動を讃え、Capsuleというオリジナルコレクションのゴールド大使に起用。パリ・オリンピック開催前、1000日に当たる2021年10月30日、トップスのT-シャツ、フード付スエット、パーカーの3点を限定販売した。
ご参考:https://www.decathlon.media/fr_FR/dossiers-communiques/une-egerie-en-or-pour-la-premiere-collection-capsule-de-decathlon-co-brandee-paris-2024

オリンピックは、本来、個人やチームが讃えられるべきスポーツの祭典。国別ランキングは憲章でも禁止している。ところが現実は「金・銀・銅」のメダル獲得に話題が集中する。国旗が舞い、国歌が流れ、国威発揚が全面に出る。今回、私が気になったのは、国旗掲揚の度に、Japan Self-Defence Forces“自衛隊”の喚呼があった事。世界は“軍隊”との違いを意識したや否や?! だけど、こういうのも何か裏があるんだろうか。

実は国旗は、“軍”旗が起源。この点、日本の戦国武将の旗や家紋との比較も興味深いが、欧州の紋章は、元々は貴族の家のシンボル。戦場で、鋼鉄製の兜を被って顔が見えない騎士を、遠くからでも判別・識別するためのものだった。紋章に使用できる色は限定され、金、銀、鉄で区切って、その間に赤や青の色をつけた。
ご参考:http://dragonslair.jp/main/heraldry/

「旗」に表現する時には、金は黄色、銀は白色、鉄は黒色とするルールにした。そこで、
ドイツやスエーデンの国旗の様に「黄色」に見える部分は、本来「金」。また、「白色」で代用されていても「銀」と呼ばれる。この点、日本で、金を黄金(こがね)、銀を白銀(しろがね)と言うのにリンクして面白い。

実際には、金色の金属元素は、「金」「銅」「セシウム」の3つだけで、ほとんどの金属
元素は「銀白色」をしている。金色の金属は、色の三原色(赤、黄、青)のうち、青色の光を吸収するので、反射光は赤色と黄色が混ざった「金色」になり、その他の金属は、可視光のほとんどの成分を反射するので「銀白色」になる。

“金”の元素記号はAuは、ラテン語aurumに由来している。「光り輝くもの」の意で、オーロラやオーラ、そして仏語の「金」“Or”も、派生源は同じ。英語のOrになると、紋章学では「金色」となり、紋章で「金」を使った部分を指す。

金属として鉱石を作りやすいものから発見されたこともあり、「銅」は紀元前7000年頃から、「金」と「銀」は紀元前2600年頃から利用されてきた。旧約聖書の「エデンの園」にも「金の延べ板」が登場するが、メソポタミアで金の兜が作られ、古代エジプトのヒエログリフにも、金についての記述が見られる。

「金」キンは英語でgoldゴールドだが、インド・ヨーロッパ語で「輝く・黄色い」を意味するghelゲルから来ている。「キラキラ」や「ギラギラ」と言った擬態語はghelから派生したらしい。「金メッキをする」gildギルドや、「光沢」を意味するglossグロス、日本語にもなっているglass(グラス)など、多くの言葉の語源になっている。

一方、漢字の「金」、音読みで「キン」と読むか、訓読みで「かね」と読むか、で意味が変わる。漢字が中国から伝わった時、音読みは、中国の発音を基に読む方法で、訓読みは日本語の意味を当てはめて読む方法なので、音を聞いただけで意味が通じる。

「キン」というと、貴金属の「金」でゴージャスなイメージなのに、敬称の『お』も付けずに「カネ」というと、なんだか卑しいイメージ……「政治とカネ」と言うと怪しいし、「政治とお金」では普通になってしまう。こういうところが日本語は面白いと感じる。

仏語では、お金をl’argentというが、この言葉のもう一つの意味は「銀」。銀を貨幣としていた時代の名残だろう。現在は金の方が銀よりも高価だが、昔は逆。古代エジプトでは、銀の価値は金の2,5倍だったという。金製品に銀をメッキすることもあったらしい。

古代ローマは、アフリカ産の「Gold金」でSolidusソリデュス金貨を発行し、それをばらまいて傭兵隊を組織し(そこからSoldier兵士)、領土を拡張。財政難から帝国が衰退すると、金の流入も途絶え、金貨は粗悪になり、貨幣価値がどんどん下り、物価が上昇。

中東地域はあまり「金」が取れないので、古代ペルシャ帝国は「銀」を貨幣としていた。ローマ帝国が崩壊すると、イスラム帝国が中東からアフリカ北岸まで統一するが、ローマ以来の“ディナール金貨”とペルシャ帝国以来の“ディルハム銀貨”の二本立てとなる。

中世のヨーロッパでも、銀の方が高価だった。金には砂金が存在し、自然金が採れるのに対して、砂銀は存在せず、自然銀も僅かで、精錬するのは銀の方が困難だったからだ。

イスラム教徒に敗北して地中海の北に押し込まれたヨーロッパ世界では、アルプス以北で取れる銀が貨幣として流通。16世紀にチェコのザンクト・ヨアヒムスタール(聖ヨアヒムの谷)で大規模な銀山が発見され、ターラーThaler(谷)銀貨が大量に作られ、銀貨の代名詞になった。これがのちに英語のdollarドルとなる。

銀の持ち歩きは重くて不便なので、銀を預かってその預かり証を発行する両替商がイタリアに出現。両替机をBancoといい、ここからbank銀行の名が生まれた。

そもそも、唐時代の中国に、銀製品を販売する店「銀行」と、金製品を扱う「金行」があったが、精製技術の進歩により、銀の産出量が増えると、銀貨の方が普及。大量の貨幣が必要になり、銀行が経済の中心となる金融機関へと成長。

日本でも、江戸時代、幕府が、金貨、銀貨、銭貨を基本的なお金とし、幣局としてそれぞれ、金座、銀座、銭(銅)座、と言うものがあった。金座の跡地に日本銀行がある。銭形平次の寛永通宝は、銅のメインで鉄製や真鍮製もあった。

仏語でお金の言い方には、monnaieモネという言葉も使われるが、英語のmoneyと語源は同じ。以前お話しした6月の花嫁女神Juno Monetaで、その神殿で貨幣が鋳造され、「貨幣鋳造所」をmint、「貨幣」がmoneyとなった。

マルコ・ポーロによって「黄金の国ジパング」と呼ばれたのはご存知だろう。国名のJapanもJipangが由来。岩手県平泉の「中尊寺金色堂」が有名だが、昔の奥州では金山が発見され、その金は、奈良東大寺の大仏にも使われたという。

越中富山には「七つ金山」と呼ばれる豊富な資源があり、戦国武将らの栄華を見ることができるが、1601年、江戸幕府によって佐渡金山が開山されている。北陸地方は、かつてエルドラド(黄金郷)であり、加賀藩の金箔は、仏壇仏具、水引等、今日まで発展している。

金属としての「金」は、極めてよく伸び、1gの金から畳二畳分以上の金箔を作ることができる。伝導性に優れ、腐食しないことから、パソコンの集積回路や歯の治療にも使われる。本の側面にも、金などで色つけした装飾加工があるが、本の埃混入や焼け、虫食いなどの防止になる。なるほど昔の西洋の装飾本はそうなっている。

ちなみに、ベルサイユ宮殿やクレムランでも内装に沢山の金箔が使われているが、装飾的な豪華さを誇るとともに、電気のなかった時代、室内を明るくする工夫もあったのだ。

現代では、赤外線をよく反射して、太陽光による熱の供給を下げるため、人工衛星の外面に金箔が貼られる。ガラス張りの高層ビルでも、金の薄い膜が蒸着されているそうだが、これらは知らない人の方が多いのではないだろうか。

そして、オリンピックの金メダルはというと、銀メダルに金メッキを施している。オリンピック憲章では、「純度92,5%の銀(スターリングシルバーまたはブリタニアシルバー)製メダルの表面に6g以上の金メッキしたもの」と定められている、という。

以上、「金・銀・銅」のうんちく話を簡単にまとめてみました。おあとがよろしいようで。

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