パリのマダムの・・・ volume54

『Culpabilité 罪悪感』

Bonne année à tous ! 皆様、あけましておめでとうございます。

と申し上げたものの、気分は晴れず、閉塞感に苛まれている。新年第一話は、違う話をしようと思っていたところが、マクロン大統領の失言を知って、スルーできなかった。

オミクロン株が出現して、収束しかけた日本でもコロナ感染者が広がっていると聞く。
フランスは、「未接種者がいるから感染が増えている」との一辺倒で、未接種ゼロを目指し?!、衛生パスからワクチンパスへの移行が国会で審議される顛末になった。

ジャーナリストのインタビューに応える中で、マクロン大統領が“J’ai envie d’emmerder les non-vaccinés”との、未接種者への露骨な嫌がらせ発言が、波紋を呼び、その言葉の翻訳を巡って、海外でも面白ろ可笑しくニュースに取り上げられた。一時的に国会審議も中断したが、結局、ワクチンパス法案は可決されてしまった。

この動詞には、merdeという言葉が入っている。以前にもご紹介したが、“くそっ!”
と訳し、“下品な”感じがすると思うが、日常的によく使われる感嘆句。試験前の学生にわざとそう言って、“頑張れよ”と励ます意味合いでも使われたりする。
その動詞がemmerderで、直訳するなら「糞食らえ」だが、日本の新聞などでは、「うんざりさせる」と“上品に”表現しているのが多かったように見受けられた。
ご参考:https://mainichi.jp/articles/20220105/k00/00m/030/057000c

こちらの人(笑)と結婚した私は、外国籍のままの一般移民の身の上なればこそ、大統領に楯突く勇気もないが、正直、この発言はどうなの?って思う。昔の王様なら、言いたい放題、やりたい放題もあったと思うが、現代の民主主義政治下で、国民を代表する国のトップとして、どんなに言い訳しようとも、やっぱり失言だと思う。以前にも、仕事がなかなか見つからない失業者に対して、マリーアントワネット的発言で炎上したことがある。
ご参考:https://www.afpbb.com/articles/-/3189944

EUは、超国家的なエリート支配で、接種旅券を提示しないと公共の場に入れない制度を導入し始め、カナダやオーストラリアも強硬策だし、アメリカは民主党vs共和党の領域で半々に対立する中、日本では、ワクチン未接種者への差別をしないよう呼びかける配慮もなされており、むしろ健全で、好感が持てる。

渦中のオミクロンomicronは、“尾身クロン”という揶揄があったり、“moronic 愚か”の
アナグラムだとか、delta-omicronのアナグラムでmedia controleになるとか、ネット
上でその語呂合わせを楽しむ風もある。そうした裏読み?! 私は嫌いではないのだが、

そんな目眩ませの様な話は、本筋から離れるだけで、何の解決策にもならない。実際、軽いも重いも病に伏す人、亡くなる人は出ているわけだし、コロナが実際には軽い風邪だとしても、それに便乗した隠密のテロ行為で、生物・化学兵器が撒かれても不思議はない。

ウィルスだろうとワクチンだろうと、いくらでも毒は作れるのだから、恐怖は消えない。そして、その恐怖こそが諸悪の根源になる。さらには、ソーシャルディスタンスは物理的のみならず、むしろ心理的な影響力の方がヤバイという状況を生んでいるように感じる。

2011年のContagionという映画が正に今の世相を描いている。感染症を扱ったスリラーだが、核心のテーマは恐怖自体の伝染なのだ。
ご参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/コンテイジョン

2020年3月11日(偶然?!)にWHOがパンデミックを宣言して以来、恐怖が煽られ、「解決方法はワクチン」の一点張りで、症状を軽減できる既存の薬も無視された。あれよあれよと言う間にワクチンが製造され、あっという間に在庫を抱えて世界に発送できている。

前回も書いたが、ワクチンは緊急事態だから承認というが、正式承認はされておらず、あくまで治験段階なのだ。しかも、成分も未公開なら、何度打っても効き目がないかのように、当初2回で万全と言っていたのが、3回も4回も接種推進に変わった。いつの間にか、接種しても感染する、と認めているし、罹っても軽症になる、というのみ。

何より、製薬会社は、リスクや保証の面では責任をとるどころか、各国政府に負わせている。どうして、そんなことがまかり通るのだろう? (頼まれて嫌々やっているとでも?)

2020年12月に欧州市場に初上陸したファイザー社、バイオテック社と共同開発したワクチンの売上だけでも、2021年は360億ドル(約318億ドル・4兆1千億円)以上が見込まれている、という驚くべきニュースを読んだ。発売後間もない医薬品としては、当然、前代未聞で、受注も続いており、2022年も投資家・関係者にとっては良い年になるはず……

中には、政治家や官僚、医療関係者のワクチン推進派は、製薬会社からのキックバックをもらっているのではないか、という話も聞かれる。あり得る話だとは思うが、そんなことはどうでも良い、というか、(パリで、スイスの製薬会社主催の国際学会の仕事に携わって、教授陣や医者への豪勢な接待を目の当たりにしたことがあるが、そんな話はどんな業界にも転がっている)、その視点だと本末転倒のすり替えで核心(本当の理由)からは遠ざかる。

一番心配なのは、次世代の若者や子供たちへの影響だ。ウィルスというものの正体もわか
らず、ワクチンによる肉体的副作用が起きる場合もあれば、何より、都度都度強制される
簡易検査やマスクの強要による精神的衝撃は将来に向けて大きく危惧される。

これでもか、これでもか、と流されるニュースには、大人だってうんざりしている。もう何も考えられない領域まで行かせることが目標なのかも。それこそ、陰謀が事実なら、これに味を占めて、いくらでも、似たような事が起こせることになる。
ご参考:https://quasimoto3.exblog.jp/241326074/

そもそも、食料品の遺伝子組み換えは、皆、嫌がるのに、mRNAやDNAを使ったワクチ
ンはどうして受け入れられるの? そして接種は、CDC(アメリカ疾病予防センター)が推奨しているからと、皮下注射でなく筋肉注射、という部分の本質はどうなのか。
ご参考:https://www.jcl.co.jp/cov-vaccine

一時下火になったPCR検査も復活。抗原検査の簡易キットも製造され、家庭や学校でも日常的に使われている。マスクの方も様々な種類が出回って、made in 〇〇の流行、もはやコロナ環境はこだわりの世界のビジネスになった。
ご参考:https://www.roche-diagnostics.jp/ja/general/pcr/pcr_5.html
https://toyokeizai.net/articles/-/368962

実は、我が家も、賛否両論で分かれている。結婚前の若い娘は、脳科学博士課程の研究者だが、医療従事者枠で、真っ先に、もう3回も接種している。そうしなければ、英仏国間をまたげず、休暇はもちろん、クリスマスもお正月も一緒に過ごせなかっただろう。

夫は、当初は懐疑的ながら、仕事の役職上接種に同意、2回済ませた。ところが、なんと昨年12月、PCR検査で陽性反応が出て、『感染者として』10日間の自宅謹慎となった。その前に風邪っぽい症状があったのは事実だが、重症化せず、同居の私も無事息災。

その私、今だに未接種。罹ったらどうするの?と、娘には泣かれるは、夫にはエゴだと言われるは、日本に居る元薬剤師の姉からも心配されつつ、肩身の狭い思いをしている。
私は自分の自然免疫を信じたいし、むしろ副作用による抗体依存性増強の方を危惧する。
実際、主治医に相談した折、患者さんの一人がアストラゼネカでギラン・バレー症候群に罹った人がいたと聞いた。念の為、血液採取の抗体検査も受けたが、陰性だった……

もし私が、肺炎や結核の一種に罹って“コロナと診断され”生死を彷徨う事態になったら、娘や夫は「だから言わんこっちゃない」と、意固地な私を説得できなかったことで罪悪感に苛まれるかもしれない。一方の私は、ワクチンを打ち続けるしかない世界で、近い或いは遠い将来、自然免疫が弱ってしまった夫や娘が、他の病に罹って重症化したり、死んでしまう様なことが起きたら……と思うと、気持ちは休まらない。

一体、私の賭けは、はずれか、あたりか? 

管理する側は、「物体としての人の肉体も精神も利用するだけ利用する」ことに、なんの
罪悪感も感じていないようにも見えるが、余程、正義?!に自信があるのだろうか。

そして、もはや、誰に管理されるのがいいのか、その管理人さえ選べない環境は、やっぱりディストピアな世界に生かされているんだなあ、としみじみ感じる。しかも、死んだらユートピアに行ける、との保証もない(苦笑)

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