パリのマダムの・・・ volume5

『氏が半分、育ちが半分?』

白人でスペイン系フランス人の夫と、黄色人種で日本人の私、の間に生まれた娘は、白人で生まれた。

私は、日本人としては「色白」と言われることが多いが、家族三人で鏡の前に並ぶと、二人に比して私はやっぱり ”黄色い” のだ (苦笑)。

白人の夫、と言ったが、髪は黒に近い褐色。今は短髪なので目立たないが、見事な天然パーマで、それはしっかりと娘に受け継がれ、長髪の娘はくるくるカールだ。

目の色は?
というのも、日本ではあり得ないが、フランスのパスポートには、身長の他に、目の色を記載する欄がある。夫も、娘も、マロンmarron(栗色)となっている。

夫の顔は、彫りが深く、鼻が大きく、全てが濃い感じ。スペイン人よりはイタリア人だし、ギリシャ人やレバノン人と言われたこともあるし、アラブ人ともユダヤ人とも言えそうな感じ。家には天狗のお面がいくつかあるが、多少似てなくもない。

だいたいスペイン自体が、ケルトの遺伝もあり、ゴートやゲルマン民族もやってくれば、フェニキア人、ローマ人の支配を受けた歴史もあるのだから、相当血が混じっている。

日本は、というと、よく言われるのは、縄文人と弥生人という区分だが、南方系の海洋族やら北方の騎馬民族やら、多様なルーツを持っていると考えられ、『純血』な日本人は存在しない。

娘が生まれた時、お尻に蒙古斑があった。これはモンゴロイドの私から、と思ったが、フランスの医師の話では、地中海民族にも蒙古斑はあるという。

娘は、私のお腹の中にいる時から、足が長い、と言われた。エコグラフィーで、膝から太ももの付け根までが長かったことから、そう診断された。しかし夫も私も背は高くないし、足も長いわけではない。なのに娘は、大人になった今も、胴が短い。

娘は、乳児健診で、ベトナム系の先生に「この子の身長は、大人になっても、せいぜい154~5cm程度でしょう」と言われた。何を見てそう判断したのか、質問しなかった後悔があるが、現実、その通りになった。ほぼ日本人女性の平均身長だ。

誰でも知っているように、身長の要因には遺伝と環境がある。両親ともに背が高くても、幼児期の栄養状態が悪ければ身長は低いままかもしれない。

興味深いことに、身長の遺伝率は66%だが、体重の遺伝率が74%だそうだ。
つまり体格が似る可能性が高い、母親を見れば娘の将来の体型がわかる?ということだし、「ダイエットに成功できるのは遺伝的に痩せてる人だけ」という可能性が高くなる。
(この下りで、ギャフンとなった人もいると想像するが……)

次に、子供の人格形成について、遺伝と環境を考えてみようと思う。

言語性能力の遺伝率は他の能力と比べて極めて低いことがわかっている。
移民の子供たちは、母語を忘れ、英語だろうが仏語だろうが、学校教育を受ける前に流暢に話し出す。

日本生まれ日本育ちで、仏語は大学から学んだだけの私でさえ、日常生活が仏語となって以来、ちょっとした時に、返事や感嘆詞などが仏語だったり、という現象が起きる。
日本人なのに、英語も仏語訛り?で、よく笑われる。

夫も娘も、フランス生まれで、フランス育ちであるから、「仏語」が一番に楽な言語だ。
夫は、スペイン人の両親や親戚に囲まれて育ったので、スペイン語も話すが、日本語はダメだし、娘は、学業上日本語より英語の方が得意。で、我が家の日常は仏語である。

では、子供の宗教は? というと、一般的には、親の影響を受けるそうだ。
つまり、心の問題(意識や行動)は、環境に最適化される、ということ。

夫は一応カトリック、私は仏教徒ということになっているが、どちらかというと二人ともAthe(無神論)に近く、教会や神社は観光で訪れるくらいだが、お墓参りは欠かさないし、娘は占星術やおみくじも大好きだ。

夫は、父親を早くに亡くし、母親とはあまりうまくいかず、娘が生まれた後も、そう頻繁に会わないままに亡くなってしまった。そのため、夫の祖父母や親戚との交流があまりなかったのだが、私たちはバカンスでスペイン各地を巡り、娘にルーツを記憶させた。

娘は、地方色豊かなスペイン料理を味わい、小さい時から香りを嗅いできたワインの味も覚え、下戸の私の遺伝子は受け継がず、夫と一緒に美味しいワインを嗜むようになった。

想像に難くないと思うが、味覚も親の影響を受ける。日本では「味噌汁はお袋の味」などというが、やはり、毎日必須の食事は、母親の味、父親の味を、子供は覚える。娘は、おばあちゃんに食べさせられた「卵かけご飯」も大好きだし、牛乳やコーヒーが苦手以外、好き嫌いはほとんどない。

では、学業面は? というと、勉強が苦手な夫からすると、娘の賢さは母親のおかげ、と私をくすぐってくれるが、科学的な研究によれば、子供の人格や能力、才能の形成に、子育てはほとんど関係ないそうだ。

しかしながら、娘の認知能力が高いと判断した私は、娘を自分が創るプロトタイプとして実験的教育をすることにした。娘の好奇心と集中力に注目した私は、娘の関心を科学方面に誘ってみた。具体的には、科学博物館のメンバーになり、様々な実践演習に参加させ、何に興味を示すか観察しつつ、娘の発達を見守った。

娘が中学に入って第一外国語の選択を問われた時、なんと私たちには一切関係のない独語を選んだのである。聞けば、ドイツ系のTVチャンネルを見ていて、興味を持ったそうだから、人の好奇心というものは理屈ではないのだと実感した。

一方、私自身はピアノを嗜み、読書も大好きだから、娘は、自然にそれらの嗜好に溶け込んで行くことになった。しかし、娘が本格的に音楽の世界に引き込まれるようになったのは、中学時代、プラトニックな初恋の影響ではないかと思っている。

急にポップスの世界に入り込み、ピアノやギターを人に習うことなく、自由気ままに弾くようになり、クラシックしか弾けない私に比して、娘は耳で聞いて覚え、弾き語りはもとより、今では作詞作曲もするようになった。

実際、人は社会的な生き物だから、子供は、次第に親以外の「友達の世界」の影響を受けて行くようになる。集団社会が発達心理に大きな影響を及ぼし、子供は、スポーツでも音楽でも勉強でも自分の得意な分野を見つけ、それに進もうとする。

先日、娘がパリに来て、部屋の片付けをしていた。中学時代のノートが出てきたので、開いてみたら、将来何になる? という問いに、「神経科医」と書いてあったそうな。

ちなみに、私の父は医者だったし、祖父は軍医として戦死している。祖父の兄弟では三人が医者……一体、曽祖父は何者だったのだろう、と思うが、私が娘を産んだことで、唯一血統が繋がったことになる。祖先の遺伝子の何らかを受け継いだのは間違いない。

娘は、フランスの*グランゼコールで化学エンジニア資格を取得、オックスフォード大のマスターコースで、神経科学に転向、UCL(University College London)のPh D課程に進学した。

*フランス特有の高等教育機関で、大学とは別に少数精鋭のエリートコース、分野の選択は選べるが国家試験の点数如何で必ずしも希望校に入れるとは限らない。

Ph Dに進む際、Wellcome Trust財団の試験を受けた。手前味噌の自慢になるが、候補者300名以上の中から書類選考で口頭試問に30名が選抜、最終合格者は5名という難関を乗り越え見事合格、学費免除、給与支援も得ている。

現在、神経科学のメッカとして世界中に知られるQueen Squareにある研究所の一つDementia reserch Centre(認知症研究センター)で、
総合失調症分野の研究をしている。
https://www.ucl.ac.uk/drc/

娘に実験教育を施した私、娘の研究の実験台にされる日もそう遠くない。

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