パリのマダムの・・・

『どっちが確実?』

日本とフランスの日常生活の中で、大きく違うことの一つに、署名捺印がある。
日本では、日常的に”はんこ”を使うが、フランスではサインが一般的だ。

歴史を辿ると、印章の出現は、紀元前のメソポタミアだと言われている。
メソポタミアで発達した印章は、エジプト、ギリシャ、ローマと各地に広まった。
欧州圏においては、印章の習慣は、次第にサインに変わり衰退。

面白いことに、これ、識字率と関係があるという。
8世紀以降の欧州では、支配階級の識字率の低さを背景に、署名の代わりとして印章が用いられ、14〜15世紀に全盛期を迎えるが、以降、識字率の向上と人文主義の高まりを背景としてサインが併用されるようになった。

19世紀になると、印章は廃れてほとんどサインに取って代わられ、貴族階級で、中世からの伝統として家の紋章を記した印象を手紙の封蝋に用いる習慣を続けていたが、第一次大戦を経て貴族階級が没落すると使われなくなり、現在では、一部の外交文書、旅券、免許証、身分証明書などの限定的用途のみ用いられる。

一方アジアは、シルクロードを通じて伝搬、中国において印章文明が大きく発達した。日本は、中国から送られた金印「漢委奴国王印」に端を発するとされ、奈良時代、大宝律令により公にのみ使用が認められた。
ご参考:http://museum.city.fukuoka.jp/gold/

平安時代に入ると藤原家などの貴族も私印を使うことが許され、 武士の台頭に伴って、花押かおう(後述)と呼ばれる書き判が広まり、その頃から、個人の印として”はんこ”を押す習慣が定着していった。右は、抽象画のようにユニークな空海の”はんこ”。

日本では、多くの種類が、日常的に使われていて、実用面では、市町村に登録した実印、金融機関に登録された銀行印、届出を必要としない認印の3つの大別される。ちなみに、実印や銀行印など、登録した”はんこ”(厳密には印影)を”印鑑”という。

判子は”版行”からきており、当て字で”判子”と、表記されるようになったそうだ。
印材、形状、書体から、彫り方にも、陰刻と陽刻とあるので、法的根拠や機能、用途や個性に応じて印章を作ることができるが、紛失破損に備えて使い分けが必要になる。

さて、商社に勤めている時、ぺレストロイカ間もないソ連に一人出張した。共産党色があちこちに残る時期で、まだ軍服を着ていた関係者に、ホテル宿泊費を小切手で支払った。
ところがしばらくして、サインが違うと戻ってきてしまったのだ。カードも使えなかったと記憶しているが、結局、支払い決済は日本からの振込みになった。

旅行用小切手は、今はもう使われなくなったから、知らない人も多いと思うが、2箇所にサインを入れるようになっている。発行してもらったら、他人に使われないよう、最初のサインを入れ、使う段になったら、もう1箇所にサインを入れ、同一人物が使うもので
あることを認めて、初めて有効となる。

さて、フランスでは、文書の提出に、自筆サインが絶対証拠、証明となる。
私は、幸い、フランスではサインが違うとクレームをつけられたことはないが、サインをしなければならない時は、いつもヒヤヒヤ、ドキドキである。

私のサインは、パスポートも、アルファベットは使わず、自分の漢字名一字を崩したものにしていて”花押”的だが、恥ずかしながら、不器用にも同じようにかけた試しがない。 夫や娘が書いても同じようにできるのでは、と思うことがある。万が一には筆跡鑑定?!

ある日、サインに慣れているはずの夫だが、娘にサインが変わった、と指摘されていた。

夫「そんなはずない、いつも通りだよ」
娘「違うよ、ほら、パスポートのサイン見てごらんよ、前はここが出っ張ってないし、
ここがこうでああで、、、」

メールで受け取った書類を、印刷して署名してスキャンして……という流れを考えていた夫だが、
娘「今は、コンピューターのキーパッドでサインをすれば、書類がそのまま送れるよ。」

と言うわけで、やり方を習った夫は、嬉々として、キーパットでのサインを繰り返し練習していたが、同じようにできず悪戦苦闘していた。

そもそも、夫のサインは、フルネームを入れ、落書きみたいに大きい。そもそも夫は、
小さく書けないのだ。マスがあっても、そこに入るように書けた試しがない。

日本にいた時は最悪だった。”はんこ”を持たない夫は、銀行印の代わりに、その小さな”マス”にサインを入れるのだから、ものすごいチャレンジだ。

必要に迫られてではなく、日本の思い出に、二人に”はんこ”を作ってあげることにした。
ただし、相学に基づいて縁起を担いだものにしたわけではない。

娘の名前は、日本とスペインの名前を組み合わせたユニークなもので、おそらく世界で
ただ一つと思うが、今流行りのキラキラネームではない。ただ、欧州では2つの名前の
組み合わせがよくあるので、それと間違えられることはよくある。

というわけで、娘の”はんこ”は、日本語漢字一字に象徴的な桜の花を入れたものにした。
銀行印にしても大丈夫というので、銀行口座の彼女名義は、それを届出印にした。

一方の夫のものは、水墨画を嗜むようになっていたこともあり、落款印を作ることにした。かといって、カタカナ表記では面白くないし、漢字の当て字にしようと思ったが、納得のいくものが浮かばない。まして、一音一漢字だと、数が多くて物理的に無理だ。

結果、夫の名前の語源を辿り、漢字3文字にうまく収めることができた。
選んだ漢字も、意味を含めた、なかなかのモノになったと自負している。

喜んだ夫は、以来、水墨画を描いた後、”花押”のようなサインと、その横にその落款を
押すことにしたのである。

花押は、空海や源頼朝、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康などの歴史上の人物だけでなく、江戸時代には一般庶民も使用、今でも、一部の閣僚や総理大臣などの間で使われている。
ご参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/花押

そんなことを知る由も無い夫だが、作品には、通常の大きなサインやイニシャルだけの
小さいサインの間をとった、それこそ”花押”のようなサインを作ったのだった。

ちなみに、平成28年6月3日、最高裁は、「花押は押印の要件を満たさない」と、戦国武将らが使用していた手書きのサイン”花押”を記した遺言書が無効と判断したそうだ。
元外国人で日本に帰化した者について、押印がない遺言書を有効とする例もあるという。

偽造も容易な認印より、花押やサインの方がよっぽど本人の意思が認められ、証拠になると思うが、日本で印鑑が求められる意味、慣習や判例の判断に疑問が生まれる。

夫の作品が売れる前に”花押”と”落款”の印章登録をして置こうかしら? 
「取らぬ狸の皮算用」?!

余談だが、これ、フランスにも似たような諺があって、”Il ne faut pas vendre la peau de l’ours avant de l’avoir tué ”(熊を殺す前に、その皮(革)を売らない方が良いとなるのだが、実は、”狸”に該当するフランス語がなく、イヌやジャコウネコ、穴熊の一種とされている。”タヌキ”はフランスにはいない?!
でもフランス人は、スーパーマリオで変身する”tanooki”を知っている(笑)。

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