パリのマダムの・・・

『自由 とは ?』

フランス語の”自由”は、”Libertéリベルテ。フランス革命来の共和国の標語 ”Liberté, Egalité, Fraternité”「自由、平等、博愛」が浮かぶが、キリスト教的なイデオロギーで、「国の権力から、個人の自律の範囲を保証する」という程だ。

では英語は、というと、フランス語と同じくラテン語由来の”Liberty”もあるが、古ゲルマン語由来の”Freedom”もあって、意味合いが若干異なる。
前者は、英・仏語ともに、能動的で「自分で掴み取るもの」であるの対し、後者は受動的で「当然の権利として持っているもの」というニュアンスの違いがある。

英語のレッスンみたいになってしまうが、
Freedomは、To be free FROM something、Libertyは、To be free to DO something。
例えば、“Lincoln granted freedom to the slaves but did not live to see that they had little or no liberty.” 「リンカーンは奴隷たちに自由を与えたが、奴隷たちが、ほとんど或いは全く、その自由の権利を得られなかったことを見届けられなかった」となる。

そもそも”自由”とは、”奴隷” か否か、から始まっている。古代ギリシャの身分制では、”l’homme libre”(自由人)とは「奴隷の地位にないこと」を意味したのである。

こうした事は、映画”グラディエーター”を思い出してもらうとピンと来るかもしれない。
主人公のマキシマスは、賢帝アウレリウスの実子コモドゥスとの対立で”奴隷”に身を落とすが、剣闘士となって”自由”の身を得ようとする。
ご参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/グラディエーター

古代ギリシャもローマも、労働は全て”奴隷”の仕事で”自由民”は働かなかった。だからこそ、”l’homme libre”(自由人)によって、哲学や文学、芸術などの文化が花開いた。

中世ヨーロッパの諺に、「都市の空気は”自由”にする」というのがある。都市は、周囲を城壁に囲まれ、農村部と隔離されていたが、農奴には自由は認められていなかった。都市に移り住めば農奴から解放され、自由民となることが出来たのである。

さて、アメリカの歴史に目を向けてみる。ヨーロッパからの移民たちにとって、”自由”と”宗教”は不可分で、その両方を求めてアメリカにやってきた。とはいえ、大商人や資本家が支配を握った社会が形成され、南北戦争以前のアメリカは、”奴隷”を認めるか否かで、奴隷州と自由州とに分かれていた。

奴隷解放以前のアメリカには、奴隷でもなくアメリカ市民でもない”自由黒人”という地位があった。それは、仕事のためにアメリカに来た黒人、”主人”から解放された黒人、白人やネイティブ・アメリカンとの間に生まれた子供や逃亡奴隷などを指した。

“主人(master)”という言葉も微妙で、主人がいるのは”黒人奴隷”だけなのだ。それ故に、白人労働者は「奴隷=黒人とは違う」という意識で、”whiteness白さ” に執着するようになった。見逃せないのが、北部の白人貧困層も資本家の奴隷だったこと。地主や資本家に囚われている奴隷は、主人がいる奴隷よりもはるかに劣る状態に置かれていたことだ。

これが”自由の国”のはずだったアメリカの差別問題の奥深いところと思う。白人労働者は「奴隷にあらず」「黒人にあらず」というアイデンティティが階級的な位置を明確にする民衆の動きとして根強くある。こうした側面、今に続く?!南北戦争の複雑さを感じる。

では日本。”自由”という概念が入ってきたのは明治時代。福沢諭吉の『西洋事情』では、当初「自在」と訳されたが、邦訳することの困難さがあったという。日本の語彙に登録されて150年も経つが、「民主主義」という概念同様、意味を正しく受肉しているとは言えないのかもしれない。

報道の”自由”度に関する2020年の統計では、日本は、なんと66位だ。
ご参考:https://finders.me/articles.php?id=1950

ここに、支配構造の問題点があるように思うが、そもそも特権階級とは何だろう。
東洋における深い階級社会システムは、中国発の儒教思想の拡散によって今尚根強い。

日本は、江戸時代に「士農工商」という身分制度があったが、もはや教科書には載らなくなったとか。明治以降封建的身分社会は、皇族、華族、士族、平民とする近代国家となり、戦後は次第に緩和された社会構造となったが、家柄という価値観は厳然と残っている。

摂関家、清華家、大臣家、羽林家、名家、半家という6つの階級は、健在していて、婚姻
関係でも繋がり、政治・経済・教育、様々な領域で影響は続いている。その一方で「穢多
非人(エタヒニン)」と分類される人々もいて、表面上見えない形で存在している。

独裁国家の北朝鮮。51階級(三大階層51分類)が生きているという。
ご参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/出身成分

韓国でも、李朝時代の階級制度が、未だに社会全体を引きずっている。両班から白丁に至る身分制度、良民(両班、中人、常民)と賎民(奴婢、白丁)という5階級の観念が健在し、特権に執着する構図が成立している。
ご参考:http://busan.chu.jp/korea/old/pic/class.html

本家・中国は「共産党」独裁で利権構造が恒久化され、権力者の地位が守られる仕組みがある。個人の自由は、あっても無きに等しいのかもしれない。さらに、同族集団の対立や秘密結社の存在もあり、国を超えた支配のネットワークが構築されていてわかりにくい。
ご参考:https://www.visiontimesjp.com/?p=7886

世界中の国々は大なり小なり似通った環境や社会を形成してきた歴史がある。いずれも、王侯貴族・宗教集団・大商人の支配と搾取の持ちつ持たれつの関係が前提にあり、それは、住む国が変わっても、ルーツの階級社会を引き継いで、格差を生んでいるのが現実だ。

格差社会が広がったきっかけは、アメリカ発シカゴ学派フリードマンの「新自由主義」と見る考え方がある。そもそもアメリカは、植民地からのLiberation解放(独立)によって成立、リベラリズムが建国の証明として神話化している。そこにこそ、市場経済における私的利潤が最大に利用されることにもなったと思う。

新自由主義は、国家による市場統制だった「ケインズ主義」に対する批判として台頭し、1973年のチリのピノチェト政権下で、実験的に?! 仕掛けられた。その前置きとして、第四次中東戦争とオイルショックによるペトロダラーのシステム構築があった。
ご参考:https://oilgas-info.jogmec.go.jp/termlist/1000297/1000363.html
 
イギリスのサッチャー政権、アメリカのレーガン政権によってこの政策が推進され、停滞していた英米経済に大きく影響を与えて行った。日本では、中曽根内閣がこれに追従し、小泉政権、安倍政権が引き継いで来た。国鉄や郵政など、公営企業の分割民営化、規制緩和など、市場万能主義は利益追及肯定で、「勝ち組と負け組」の格差を拡大。

現況は、ある意味、あまりにも大きくなりすぎた新自由主義の脅威を、国家権力が奪い返
す好機?なのか。或いは、ごく僅かな企業体や団体を指揮する特権階級と一部の政治家が
結託して、民衆を支配する構図なのか? 

データ資本主義の時代が台頭し、ビッグデータを巡る熾烈な戦いもあって、”自由”が束縛される監視社会が広がっているように思う。
インターネットの発達で、良くも悪くもそうした世界の動きが目に見えるようになり、体制派も反体制派も、民衆をいかに自分たちの思い通りに動かすか、に躍起になる。

世界の主流が民主主義ということになっているから、シビリアンコントロールであらねば
ならない、という建前がある。しかし、革命の歴史を見てもわかるように、背後に工作あ
りき、でなければ何も動かない。企業とて”後方支援”がなければ、「大」にはなれない。

民主主義というイデオロギーによって、民衆は”自由人”に昇格させられたのかもしれない
が、実際には、”Freedom”を持たされ”Liberty”を得るべく格闘する、ある意味、 ”奴隷”
のままなのかも。だからこそ、常に支配階級の鶴の一声で右往左往させられる。

時代のデザインを描くのは一体誰? 国家を超えた全体主義の落とし所は? 
果たして、世界はどこに向かっていくのだろう……

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