「アラカン」~お楽しみはこれから volume69

『歳をとるということ(その2)』

同い年の友人との間では、年齢のせいにしてごまかす話題があります。
例えば、なかなか体重を落とせなくなったこと。(「新陳代謝が落ちてしまったから仕方ないよね」)
例えば、頻繁に探し物をしていること。(「老眼がひどくて困るわ」)
例えば、乗り換えアプリ指定の電車に間に合わないことがあること。(「遅れてゴメン。アプリ指定の電車はギリギリでさ。さすがに飛び乗るために走るのは危ないよね」) 等々。

そのような中、残念ながら「年齢のせいリスト」に加えたい案件がさらに増えている気がしています。
その一つが、「並行作業が不得意となっている」こと。
若かりし頃。仕事・家のこと・遊びを全部こなしたい(こなさなければならない)義務と意欲と体力があったので、一日の限られた時間内にいくつもの作業を同時進行的に片付けていました。
毎日、長尺な「To Do List」を作り、朝から分刻みでこれらに取り組み、終わったものにチェックマークを付け、一日が終わることには6~8割が消化されていました。
そのまま、倒れ込むようにバタンキュー。
翌朝目覚めとともに、再び同じ作業を繰り返して、週末に雪崩れ込む。
とにかく時間に追われていて、心の余裕は微塵もない「人間が出来ていない」大人でしたけど、今から思えば、クオリティは二の次でも、アウトプットは出していた現役時代でした。
それがコロナ期の「ゆったり」時間を経て以降、現役バリバリからも一線を引いたはずなのに、このリストをこなすペースが想像以上に遅くなってしまった。
昔に比べて時間的余裕はあるはずなのに…
特に社会が正常化してきたのと比例して仕事量が増えてきている現在、何だかいつも「未達」の仕事に追われているような状況です。
(この原稿も、既に1週間遅れ…)
情けないけど、何故なのかしら。
時間配分のミス? 頭の回転の遅さ? 過大なる自己評価?
残念ながら、全て該当するのでしょう。
ただこれだけでは語りつくせない「馬力」も欠如してしまった気がしています。
と言うのも、上記の三要素は、以前から存在していた私の欠点のはず。
それを補う力=「集中力+内から湧き上がるパワー」みたいなものがどうにも足りていない気がするのです。
まあ、これは言い訳でしかないですよね。
もし年齢による低下が原因なら、それに合わせて生活習慣を変えていくしかないはず。
そろそろ悔い改めて、自分の「To Do List」作りを見直します。
猛省!!

「年齢のせい」=「経験値の向上」と少し前向きにとらえれば、昔に比べてマスコミ報道に躍らせられない力が少しついた、と思っています。
まあ、私は昔から人に言われたことを素直に「はい」と聞く性格ではありません。
それでも、新聞やテレビのニュース報道には一応目を通し、それを「事実」として色々な見識を広めてきました。
良識あるメディアの報道は尊重してきたわけです。
今でも、信頼できる筋の信頼できる内容は、私の重要な情報源です。
でも、こちらもそれなりに社会人として色々経験し、情報網も広がり、もしかしたらその記事を書いている(若い)記者さんよりもその分野+周辺分野における見識等はあるかも知れない、と意識するようになりました。
そうなると、目の前の記事を額面通り受け取れなくなったのです。
記事は「事実」を書いているかもしれない。でも俯瞰した時、その事実をどう位置付けるかは、判断が難しいことが多い。とにかく、視座を広く持つことの重要性を痛感するようになったのです。
今、国際社会を震撼させているイスラエルとパレスチナの紛争なんて、その典型ですよね。
今回のハマスによる攻撃だけをとらえれば、イスラエルの報復攻撃は許されるのかもしれない。だから、「日本も欧米諸国に従ってイスラエルを支持するべき」は少々短絡的な解決なのでは?
そもそも、ゴラン高原を支配下に置いたイスラエルの行動は許されるものだったのか。もっと遡れば、欧米による植民地支配や石油の利権からくる覇権争いの責任は?  などなど
判断、難しい!
なので、特に「正・悪」の判断を求められるような話題に関しては、気が付いたときには、「本質は何なのか、どこにあるのか」を一旦咀嚼するように努力しています。
(ちょっと本題から外れるけど一言。
今世間を賑わしているインターネットでの憶測記事や煽りコメントは論外。それに振り回されている「世間」と言う名の一部メディアが御旗として掲げている無形のものには恐怖を覚えます。
「お願い。自分で考え、判断する癖をつけよう!」と声を大にして言いたい。
情報を鵜呑みにすることの方が疑ってかかるよりずっと楽なのだからこそ、楽な方に流されないで。自分の頭を意識して使わないと、脳の老化が加速するよ!)

堅苦しいことを書き並べたので、最後に「歳をとったからこそ嬉しい出来事」を。
お釣りをもらうのを忘れた時、「お姉さん、忘れ物!」と呼び止められた時。
映画館をシニア料金チケットで入ったら、年齢を証明できるものの提示を求められた時。

私は、案外単純な人間なのです…

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