パリのマダムの・・・

『Madame R 秋の歳時記 - Toussaint(トゥサン) –』

11月1日は Toussaint、”Tous(全て) saint(聖人)”の合成語で、西暦610年来、カトリック教会では全ての聖人と殉教者を記念する祝日、日本語では「万聖節」ともいう。

対して、翌11月2日は「万霊節」、フランス語ではFêtes des Morts(死者の祭)という。「死者の魂は生前暮らしていた家へ戻り、生者を訪れて祝宴を共にする」と信じられ、日本のお盆やお彼岸のように、この時期、家族でお墓詣りをする習慣がある。

これに先立つ2週間、学校はVacances de Toussantでお休みとなるが、9月の新学期以来最初の休暇を迎え、子供にとっても親にとっても一息つける嬉しい時期なのだ。

フランスの教育システムでは、2ヶ月に一回くらいの割合で休暇がある。元より学校は、自治体の85%が週4日制。休みが多い分、1日の授業時間が長くなるので、特に低学年の子供達にとっては学校にいる時間が長く、結構キツいリズムだと思う。

フランスは年次有給休暇が5週間あり、消化率100% ! 子供のバカンスに合わせて休暇をとる親が多いが、フランス人にとって、バカンスはsacré (神聖な、不可侵)、かけがえのないもの。フランスでは、バカンスの話で1年持つ(苦笑)。

ところが今年は、コロナ禍で、春夏秋冬いずれのバカンスも相当混乱を招いている。1週間前に首都圏中心に発令されていた「夜間外出禁止令(21時から翌朝6時)」がこの週末から54県に拡大。ストラス ブールでは、75年来続くmarché de Noël(クリスマス市)が中止。この時期のお墓参りも、家族や親戚、大勢で集まる事も叶わず、ご先祖様もさぞ悲しんでいるのでは……

ところで、フランスのお墓参りには”菊の鉢植え”を飾る習慣がある。19世紀頃までは、キャンドルを灯す習慣があった。第一次世界大戦の一周忌、1919年11月11日に、クレマンソー大統領が最前線で 死んだ従軍兵士の墓に”菊の花”を捧げたのが広がったらしい。

菊は、中国原産で、日本へは8~9世紀頃、西欧には日本の江戸時代に伝わったとされる。品種は「和菊」「洋菊」としてそれぞれに発展し、たくさんの品種が生み出された。何より菊は、大量生産しやすく安価で、霜が降りることもあるこの時期、寒さに強いことも理由のようだ。墓地に鉢植えなのも、風に飛ばされず長持ちするからかもしれない。

菊は「不死」のシンボル、花言葉「高貴」で、日本では国章であり、天皇家の紋章として誰もが認識している。しかし、菊花紋が正式に定められたのは意外に遅く、明治維新後である。1869年太政官布告があり、1871年に皇族以外の菊の紋章使用が禁止された。

元来天皇家は「日月紋」、日は天照大神、月は「月読命」を表す。正に太陽太陰暦の自然 崇拝の象徴だが、即位礼正殿の儀で掲げられる「錦の御旗」は、金が太陽で、銀が月、「日像纛旛」(にっしょうとうはん)「月像纛旛」(げっしょうとうはん)。
ご参考:https://j-flags-java.jimdofree.com/日本の旗/天皇旗-皇族旗/即位礼正殿の儀で掲げられる旛類/

実は、「菊花紋」も「錦の御旗」も、後鳥羽天皇(1180-1239)から始まっている。高倉天皇の第四皇子、第一皇子・安徳天皇の異母弟に当たる。後白河天皇の孫で、その院政の下2年間、兄弟二人で天皇を在位した。「三種の神器」の有無を争点に、藤原摂関家や有力武士勢力との確執によって、この頃から天皇家の南北朝問題が発生している。
ご参考:https://www.touken-world.jp/tips/23399/

さて、菊文様は、古代オリエントの国々の遺跡にも見られ、太陽、星、車輪、そして菊やロータスなど様々な解釈を生むシンボルとなっている。一方、後鳥羽天皇の時制は、宋の時代、遣唐使廃止以来の日宋貿易が様々な大陸の影響を及ぼしたが、後鳥羽天皇の「菊好き」も、どうやら宋からの影響と見ることができるのではないだろうか。

蘭、竹、菊、梅の4種を、草木の中の君主として称える「四君子」という言葉がある。 宋代から東洋画の画題としても良く用いられてきたが、蘭は春、竹は夏、菊は秋、梅は冬、という四季の題材。これら4つの草木を描くことで基本的な筆使いを学べるので、書の場 合の「永字八法」と同じように、画法を学ぶ重要な素材にもなっている。

夫は、東京で水墨画の教室に少し通った。言葉がわからないと困るので、最初は、私が通訳として同伴したが、まず「竹」次に「梅」の描き方を習っ たところで、彼流の画題に走って、「蘭」や「菊」の描き方は学べずに終わってしまった。夫の作品には思い切りの良さと発想の面白さがある。

ところで、菊は、時に薬としても重用される。ビタミン豊富で、目の疲れや視力回復にも役立ち、漢方では風邪に効くとされ、鎮痛、解毒、解熱作用もあるという。魚のお造りにも菊の花が添えられるのは、見た目の飾りではなく薬効から来ているのだろう。

そう言えば、食べ過ぎた時の我が家の定番Camomilleカモミーユもキク科の植物だ。カモミーユは、北ヨーロッパ及び西アジア原産の多年草。4千年以上前のバビロニアで、既に薬草として用いられ、ヨーロッパで最も歴史のある民間薬だった。

フランスでは薬草といえばまずはカモミーユだし、伝統生薬剤の医薬品になっていて、ドイツでも風邪、頭痛、下痢などにハーブティーとして用いられている。

スペインでは、マンサニーヤと呼ばれるが、りんご(manzanilla)のような(香りがある)。 属名でマトリアニアと言うが、ラテン語のmatrix(子宮)に由来し、ヒステリー、のぼせ、生理痛等、婦人病の薬として用いられたことから、mother’s herbとも呼ばれる。

話を戻すが、Toussaintは、英語では All Saints/All Hallows/Hallowmas とも言い、その(前)夜祭がHallow Eveで、eenに短縮されて、Halloweenハロウィンになった。Eveは、スコットランド語でevenで、eveningを指す。

同様に、Christmas Eveも、クリスマス”前夜”ではなく、クリスマス”夜”の意である。以前のエッセイで、2020年のユダヤ暦の新年は9月19~20日と紹介したが、ユダヤ暦を継承する教会暦では、日没が日付の変わり目になる、というわけなのだ。

何れにしてもハロウィンは、元々は古代ケルトの習慣から来ている。ドルイド信仰では、1年を夏=光、冬=闇に二分し、新年の始まりが11月1日だった。夏の終わりと冬の到来を迎えるサウィン祭、死者と交信するときでもあったらしく、現世と冥界が繋がってしまう恐れから、人身御供を捧げたという。

ニューイングランドのピューリタンなどはハロウィンに強く反対する立場だったが、アイルランドやスコットランドから北米大陸に大量に移民が到着し、彼らによって持ち込まれた行事が徐々に合衆国全体に広がった。

イギリスでは、ハロウィンの晩は死霊や悪霊が跋扈し、そのために山頂で篝火が焚かれ、家庭でも火を燃やしてはいけないとされてきた。因みにドイツでは、10月31日は宗教改革記念日で、プロテスタントでは聖人への崇敬が廃止されている。

メキシコでは、アステカの風習と習合したお祭りがある。2500-3000年前から、祖先の骸骨を身近に飾る習慣があり、敵の骸骨もトロフィーの様に扱われていた。
ロンドンのソーホー地区にお気に入りの店がある。ある年のコレクションでは、シャレコーベの絵柄満載のメキシコ産の生地で縫った洋服を購入。写真のシャツは夫とペアだが、私は同柄のワンピースも持っている。

最後に、ハロウィンと言えばカボチャ、フランス語でCitrouilleシトルイユまたはPotiron ポチロンという。西洋カボチャがCirtouilleで、その黄オレンジの色合いからシトロン系の名前がついた。これが球体なのに対し、Potironは球というより上から押されて凹んだような形で、色は赤オレンジから濃い緑色まで あり、味は甘みが強い、という特徴がある。さらにpotimarronポチマロン (写真)というのがあって、実際『栗』のような味がしてとても美味しい。

しかし、かぼちゃは、毎回切るのに苦労する野菜。この硬さが長期保存に最適なのだから仕方ないが、こんなノウハウがあるのを知って試したので、皆さんにもご紹介したい。
ご参考:https://www.nhk.or.jp/lifestyle/article/detail/00988.html

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