パリのマダムの・・・

『キャビアはお好き?』

キャビアは、「チョウザメの卵巣をほぐした卵」を塩漬けにしたものだが、別称「黒い金」「黒いダイアモンド」とも呼ばれる。

世界には27種のチョウザメがいて、2つのファミリーに分類されるそうだが、種によってキャビアの味も値段も変わる。チョウザメは、乱獲や密漁、また成熟までにかなりの時間がかかることから、絶滅危惧種となっていて、希少価値ゆえにその卵は高級品となる。

チョウザメは、硬鱗が蝶の形をしていて、全体的な外見から、そう呼ばれるが、事実は、サメとは系統が大きく異なる「硬骨魚類」、つまり脊椎動物に属する魚で、恐竜が生息していた時代からの「生きた化石」の古代魚。(左図:大人と少年で形態変化)

もっとも大きなものは、通常ベルーガと呼ばれるもので、カスピ海、黒海、アドリア海などにも生息する。体長7〜8m、体重1,3〜1,5トンもの、淡水魚としては世界最大で、産卵するのは15〜20歳だが、平均50〜60歳まで生き、100年以上生きることもある。

初めてキャビアを食べたのがいつだったかは覚えていないが、最も高級なキャビアを食べたのは、パリのマドレーヌ寺院に近いキャビアの専門レストラン。いくつかの種類を食べ比べる機会を得たが、高級なものは粒も香りも違う、何より「塩辛くない」というのを、その時に初めて意識した気がする。

質ではなく、量で勝負?したのは、ペレストロイカが始まって間も無くのモスクワだ。
サヴォイホテルのレストランだったと思う。当時シャンペンやワインもついたフルコース
が、たったの15米ドル。イクラやキャビアの大盤振る舞いに、オードブルだけでお腹がいっぱいになるほどだった。

当時のロシアはまだ貧しかった。国際ホテルの一部が外国企業の社宅にもなっていたり、地下駐車場には外車がズラリ。一方、街を走る多くの車はラーダLadaやワズUAZといったロシア車。インターナショナルマーケットには、食品が豊富に揃っているのに、庶民の店々は見事に品薄で、黒パンと少しの食材だけ、という光景を目にしたものだ。

マルボロのタバコ一箱でタクシーに乗れたり、ジーンズを欲しがるモスクワっ子たちが
大勢いた時代のこと、上記のレストランで、キャビアを買わないか?と勧められ、税関で捕まったら取り上げられてしまうのを覚悟で、青ラベルを2缶だけ買った思い出もある。

15年以上経って、夫がフランス料理界の巨匠と仕事をすることになり、度々キャビアを食す機会を得るのだが、娘はイクラの方が好きだし、私にとっても正直特に食い意地が張るような食材ではない。むしろ、食べている「贅沢」が、気分を高揚させるという感じが
当たっている。

化粧品関連の仕事もする私にとっては、キャビアを使ったコスメの方に食指が動く。
そもそもが卵なのだから、脂肪酸、ミネラル、ビタミンなど生命に栄養を与える全てが揃っていることは確かだ。

謳い文句と製品化の間にはかなりの隔たりがあるに違いないし、その効能が神話か現実かわからないけれど、ゴールド、ダイヤモンド、パール、キャビア、となれば、いずれも
女性の弱みはしっかり握られてしまう。

ダイヤやルビーなどの貴石には、皮脂を正常化するクロムやオリゴ成分が含まれ、クォーツには、コラーゲン生成を強化しシワを少なくするシリシウムがあるし、黒いトルマリンには、UV予防の分子構造があるという。

贅沢は、宝石?コスメ? どちらで楽しむ? 否、両方? OMG !
なんだかんだ言って、いずれもスノッブな気分に浸れることは間違いない。

話が逸れたが、今回「キャビア」について取り上げようと思ったのは、たまたま「キャビア」の養殖のTVドキュメンタリーを見たから。イタリアのファミリー企業Agroitticaで、場所は、アドリア海から200kmのロンバルディア地方、ポー平原という。
ご参考 https://en.agroittica.it/about-us/history/ (英語版)

キャビアといえば、ロシアかイラン、と思ってしまう浅はかさ。アドリア海、というのに驚いて、興味津々魅入ってしまった。

チョウザメが絶滅の危機に瀕して全面捕獲禁止になって以来、日本も含めて世界中で養殖が行われるようになったが、イタリアが中国に次いで世界2位の規模を誇るという。
申し訳ないが、中国産よりはイタリア産のイメージは確かだ。

「フランス人が食事にフォークを使うようになる前から、イタリア人はキャビアを食べていた」と冗談を言う社長だが、1471年にイタリアで印刷された初めての料理本にも”黒い金”は掲載され、ルネッサンスのエリートたちの間でベストセラーとなっている。

昔は、ロンバルディアのポー川、ローマのテーヴェ川、フィレンツエのアルノ川、パレルモ湾でも、チョーザメが泳いでいたという。金持ちだけがそれを捕獲し食し、漁師たちにとっては、まるで金庫の前にいるようなもので、アンタッチャブルだったのだ。

1950年代までそうした地域にチョウザメがやってきたが、水質が劣化したのと過剰な漁
でイタリアのチョウザメは次第に姿を消してしまったという。

1978年、製鉄業を営んで、工場から放出される膨大な量の水と熱を利用して、鰻の養殖を
手がけていた。チョウザメの養殖も夢見ていたが、当時は、硬骨魚の養殖は難しかった。

ところが、ロシアからカリフォルニアに亡命した海洋生物学者のSerge Doroshov教授が、サクラメント川で白いチョウザメを生育をしていたことを知り、サンプルとして幼魚を分けてもらい、試みが始まった。

1998年になってようやく、チョーザメの養殖が陽の目を見ることになった。2000年初頭には年間生産量が約5トンから30万トンと一挙に6倍も伸びたが、2003年には、ルフトハンザ航空から大きな取引が舞い込む。

ファーストクラスの客層向けに安定した供給を希望し、10トンもの注文が入ったのだ。
さらに、タイ航空、キャセイパシフィック、アラブ首長国連邦の航空会社、シンガポール航空、カンタス航空まで注文が入るようになった。

ここのチョウザメ60,000匹にはGMOフリーの飼料が与えられ、世界で初めて電子チップが装着され、年齢、種、体重、健康面などが管理されている。しかも養殖プールは、サッカー場が85も作れる大きさで、サメのストレスを最小限に抑える工夫がなされている。
世界40もの養殖場と比較しても、食品の安全性や品質の安定供給を誇る説得力がある。

ロシア市場は、世界の消費量の4分の1に相当する45トンを消費し、そのうちの25トンはなんとイタリアのキャビアなのだ。大きな声では言えないが、プーチンも好きだと言う。
ただ社長の希望としては、ウラル以東よりも、アルプス越えして、販売網がしっかり整備されているフランス市場を勝ち取りたいようだが、フランス産も負けていない。

ところで、フランス語に ”Gauche caviarゴーシュ キャビア”という表現がある。
直訳すると「左、キャビア」になるが、社会主義の価値観と矛盾する生活をしながら、
社会主義者であると主張する人を表す、軽蔑的な表現なのだ。ポピュリズムに迎合している左翼系の裕福な政治家などを、「偽善的」ニュアンスを含めて、皮肉っている。

もっともこの表現には、まさに真実の物語という笑えない現実があるように思う。
つまり、資本主義を利用しながら、共産主義や社会主義で民衆を支配・誘導する人々こそ、実際に、本当の金持ちというカラクリ……

最後に、キャビアの食べ方について。
酸化や金属臭を避け、貝スプーンを使うが、風味を損なわぬ、通の食べ方は?

ティントレットの時代にキャビアを味わった方法。写真のように、親指と人差し指の間におく。ぜひ、お試しあれ。

そして、キャビアというと、ウオッカと考えがちだが、シャンペンともとても合う。ワイン派なら、最高級のブルゴーニュ産白ワインを!

ご参考:1983年?に放映されたドキュメンタリー「キャビア、キャビア、キャビア」
釣り好きで美食家の開高健さん(知らない人もいるかな?)による数カ国に渡る旅、当時まだ野生のチョウザメを釣ることができた時代のルポで、とても興味深い。

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