パリのマダムの・・・

『マスクとは?』

日本人はマスクをすることに何の抵抗もないと思うが、フランス人は苦手である。
Covid1-19のお陰?で、フランスでも大々的にマスクが普及したが、使い慣れない代物
故に、そもそもどうやってつけるのか、から始まる、笑えない現状があった。

日本女子は、それこそ「すっぴんを隠す」とか、「紫外線対策」とか、フランス女性から
すると考えられないマスクや帽子の使い方をするが、フランス人にとって「顔を隠す」
のは良いイメージがないし、「日光を避ける」のは、全くもって問題外である。

これまで、フランスで”masque”というと、「仮面」をイメージするのが一般的だった。
木製、金属製、皮革製などの硬い材質から、紙製、プラスティック製、ベルベット製などの
柔らかい材質まで、顔の一部或いは全体を覆って「その表現したい人物像を作る」もの
だから、例えばヴェニスのカーニバルの如く、祭やパーティのアクセサリーにもなる。

以前にも少し触れたが、カーニバルというのは、西方教会における謝肉祭で、10~11世
紀頃に始まったもの。肉断ちをする四旬節の前に、唯一この時期だけ、貴族と庶民が
入り乱れ、たくさん食べて自由に楽しもう、という無礼講だったのだ。

私たちも、昨年末 ”mascaradeマスカレード”に参加した。夫が勤務する予定のホテル
で、仮面忘年会?! に招かれたもので、支配人のご家族然り、ヴェネチア風に正装した社員
たちも大勢いる中、私たちはおちゃらけで、ご覧の通り。

私は頭にラビットの毛皮帽子をかぶり、アラブ風のキラキラ揺れ動く仮面マスク、さらに蝶のサングラスで変装。
夫はメガネをかけないと見えないので、メガネの上に猫目の就寝用マスクに穴をあけ、女性用のピンクのラメ入り
寝ぐるみ(フードに王冠がつき、後ろにQueenと刺繍入り)を着て、写真は足元が見えないが、靴だけは(私は未だ
持っていない)ルブタンを履いて少々おめかしをしている。

ところで、マスクはいつから存在するのか?
実は、文明の進化において、太古から重要な役割を演じていた。
エジプトやミケーネでは、葬儀に、死人に金箔を貼って、顔の輪郭や
凹凸の型取りをしたのである。そう、デスマスクである。
(右写真は、実在したかどうか不明だが、アガメムノンの黄金のマスク)

古代ギリシャでは、豊穣の神ディオニソスを讃えるための歌と踊りから、ギリシャ悲劇が
生まれ、これが後に現代演劇に発展していく。ポリス(古代都市)の円形劇場は、祭礼の場
であり、市民の娯楽の場となった。

3人の男優が、様々な仮面をつけ替えて役を演じる。その仮面は、顔の特徴が誇張され、
観客は遠くからでも、表現される役柄が識別でき、同じ役者が別の登場人物を掛け持ちし
ても混同しない。役者の方も、仮面をつけることで役柄になりきれる、というわけだ。
ご参考:http://jfbradu.free.fr/GRECEANTIQUE/GRECE%20CONTINENTALE/
PAGES%20THEMATIQUES/theatre/savoir-plus-masques.php3?r1=4&r2=0&r3=0

一方、防護用のマスクは、ローマ帝国の時代に登場する。鉱山で、有毒な蒸気ガスから身
を守るために動物の膀胱で作られたマスクが登場。ミニウム鉛丹を加工するアトリエでも
防護用のマスクが使われたが、 鉛の鉱物は絵画の防錆塗料として
重要だったが、非常に有毒だったのである。

14世紀から18世紀にかけて、ヨーロッパをペストが襲った。
当時の医者は、口と鼻から伝染すると考えていたが、
ルイ13世の主治医シャルル・ド・ロルムは、1619年に、
ダンボールを茹でて型を起こし、呼吸用に2つの穴を開けた
長いくちばしのマスクを考案。

効果を高めるため、ドライフラワー、アロマハーブ、香辛料、カンフルなど、
消毒特性を持ったものをくちばしの部分に含めるようにしたものだった。

18世紀に産業革命が起きると、多くの工場や企業が誕生したが、イタリア人ベルネル
ディーノ・ラマッツィーニは、危険な物質にさらされる職業や業務上の健康被害に対して
初めて着目した人物で、産業医の先駆者とも言われる。

医療機関に勤める人々がマスクをするのは今日では当たり前だが、カール・フリューゲル
というドイツ人医師が、唾液を通して医師と患者の間に病気が広がるのではないかと疑
い、手術中のマスク着用を訴えていたのは19世紀の終わり。実際には、1897年10月パリ
のテノン病院で、外科医のポールバーガーが外科手術にマスクをしたのが最初だという。

第一次世界大戦では、大量殺害を目的として、催涙ガスや窒息性の有毒化合物を配合した化学ガスが導入され、新しい武器となった。有毒ガスに
対抗するため、化学物質に浸したガーゼパットの形でのマスクが登場。

しかし、作るのは簡単だがあまり効果なく、すぐに頭全体を覆うフード
マスクが装備され、1940年には、ヨーロッパ全体で軍隊はもとより民衆
にも広まった。

ところで、私は催涙ガス?!を経験したことがある。大手商社に勤めていた時、パリに在住
し、地下鉄で支店に通っていたのだが、ある朝、一つ手前の駅で降りた謎の人物が、車内
に何かを投げ入れ、扉が閉まった。その時、車内には、2、3人しか載っていなかった。

発車して間も無く、呼吸が苦しくなり、目から涙が出て、「早く、次の駅についてほしい」
と息を止めた。幸い、パリの地下鉄は駅と駅の間が近く、すぐに事なきを得たが、駅から
会社まで徒歩5分程度の道のりでも、ゲホゲホして、その日は一日中すぐれなかった。
それが、あのオウム事件のようなものだったら、と思うと、今でもゾッとする。

話を戻して、
日本では、明治初期に、真鍮製の金網を芯にして布地をフィルターとして取り付けたものが、炭鉱などで働く人たちの粉塵除けとして使われた。

大正時代、スペイン風邪の大流行により、予防品として注目を集めるようになった。1918~1920年の3期で計2400万人が感染、40万人が死亡したと言われるが、当時国が配布したポスターには「マスクをかけぬ命知らず」と書かれ、黒いマスクを着用した紳士と夫人が描かれている。

その後、インフルエンザが流行する度にマスクの出荷量が増え、マスクのスタイルも変化
し、布に代わるガーゼマスクが生まれたのは、1950年のこと。

1973年に、現在のマスクの主流となっている「不織布製プリーツ型」の原型が、日本で
生産・販売されるようになり、2000年以降に登場した立体マスクは、圧迫感がなく、
口紅なども付着しにくい、と、人気になっている。

以上、ざっとマスクの歴史を辿ったが、Covid-19の影響で、マスクは世界中に普及した。

フランスでは当初、政界・医療界でもマスクの使用に意見が分かれた。需要と供給が追い
つかない時期もあって、途中から布製で作る中小企業や人々も現れた。

ハグもキスもできず、マスクで顔を覆い、一時的にしろ日本人化?したフランス人だが、
現在は、交通機関や店内などで「必須」の場所もあるが、カンヌの戸外では、かけている
人とかけていない人の割合は3:7ぐらいになってしまっている印象を受ける。

そんな中、マスクはすでにファッション化していて、カンヌでもあちこちご覧の通り。

そして、左の写真は、友人が持っている、LVのマスク。

本来の用途をなさないものであることがわかっていても、こういうものを見せられると、なんだか買いたくなってしまうのが、人間心理の面白いところだ。

マスク先進国の日本では、マスク後進国をあざ笑うかのように、様々な用途に適した各種透明マスクが販売され、「プールマスクマン」という、水泳指導者用の透明耐水マスクまで開発されているのを知った。

す・ご・い・ やっぱり、日本人はエイリアン?!
私も、このマスクをして、得意満面に、カンヌの市営プールに出現してみたい。

でも一方で、天邪鬼の私は、四六時中マスクをすることの弊害もある気がしてならない…
一体、何が正解なのだろう。

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