パリのマダムの・・・ volume1

『普通って…』

普通ってなんだろう。
基準があるからこそ「普通」があるのであって、その基準は、国によって、環境によってまた、個々の感覚によっても違うものだと実感する。

私はごく普通の家庭に育った、普通の日本人である、否、そう思っている。
言い換えれば、中流…?! その中でさらに上中下に分けることができると思うが、
いずれも、ある程度主観が入る分け方かもしれない。

さて、その中流で普通の日本人が、フランス人と出会い、パリに住むことになった。
ここで、日本的基準からは「普通」でなくなったことになる。

どんな風貌をしようと、パリに住む人々のことを、パリジャン(男)、パリジェンヌ(女)と呼ぶが、言葉だけ聞けば、なんとなくオシャレな響きがある。
そもそも、なぜかわからないが、パリ、という言葉には、魔力があるようだ。

パリジェンヌの私が、先日、東京での仕事を終えて実家に帰ることになった時のこと。
高速バスの切符を買うべく、カウンターで、

私「希望の日程で往復割引になるかどうか知りたいのですが?」
男性「いつですか?」
私「行きは本日、帰りは某日です。」

切符売り場のその男性は、コンピューターのキーを叩き、
「あっ、おかあさん、ダメだ。4日以内じゃないと…」
と、事もなげに、

(私の頭の中では、その男性の口から発せられた『おかあさん』という言葉がグルグル
回っているのだが)
何気にソコは気づかぬふりで、
「あっそうですか。わかりました。では、片道にしてください」
と、支払いを済ませ、切符をもらい、そこを後にした。

はて、皆さんは、このやり取りに違和感を覚えますか?

私は完全に異邦人だった。
なぜ『おかあさん』?!   私に子供がいるなんてどうしてわかった?
例え私に子供がいたとて、切符売り場の男性に「おかあさん」と呼ばれる筋合いはない。
おそらく、彼の頭の中にある何かの基準がそう呼ばせたわけで、もし私が子供が欲しくても持てない女性だったら、なんてことは考えもしなかったに違いない。

ふと考えれば、日本語では、名前がわからない場合の呼び方がないのだ。
というわけで、「敬称」について考えてみる。

フランスには、『Monsieurムッシュー、Madameマダム』という敬称があり、日常的に「普通」に使われている。以前は、未婚の女性に対して『Mademoiselleマドモワゼル』という言い方をしたが、昨今ハラスメント問題の影響で、あまり使わなくなっている。

でも、そう呼ばれると、個人的には「若く見られた」と感じ、悪い気はしないものだ。
一方、歳の経った独身女性をそう呼ぶのは、old missな印象も与える嫌いがあり、やはり使うに気を使う敬称であることは間違いない。

今、フランスでは、と言ったが、私の体験では、英語を使うアジア諸国でも、女性に対し「マダム」という敬称が一般的に普及している印象がある。

日本社会では、「マダム」は、何か、社会的地位もあり、お金持ちというイメージが
つきまとう。全く「普通」ではないのだ。

では、敬称ということで言えば、日本社会では、姓名に「さん、くん、ちゃん」という
敬称をつけるのが一般的だ。「様、殿」もある。

「さま」はそもそも「姿」。「殿」は、身分の高い人に使われ、元々は高い床に住んでいる人の意味で、「どの」になり、訛って「どん」となった。(例えば、西郷どん)

「君=きみ」という言葉は、江戸時代の漢学者たちが使い始めたという。
それで、だれそれ「くん」と呼ぶ。

それに対して自分のことは「僕」になり、しもべ、というわけで、卑語になる。

「さん」は「さま」の訛ったもの。「ちゃん」は「さん」の幼児語。

また、「あなた」は「あるかた」という尊称が、訛ったもの。

先ほど、本家本元のフランスでもマドモワゼルを使わなくなっている、という話をしたが、今時の日本の小学校では、「あだ名禁止」や「さん付け」が増えているという。

各自治体では「いじめ防止対策推進法」に基づいた方針が制定されているそうだが、そうすることで、いじめなどのトラブル防止はもとより、性差別を生まないように、男子への特別扱いと見なされる「君付け」禁止や、親からのクレームや批判を回避する方法として、「さん付け」を統一しているという。

呼び名の変化は時代の流れとは言え、なんだか、世の中、どんどん味気ない方向に行っている気がしてならない。以前の慣用は現代の禁句となり、将来は死語と化す?!

私は、個人的に、「ちゃん付け」されることを好むが、自らも、親しみを込めて、社会的地位に関わらず、年下や同級生の男性に「君付け」をしたりしている。

フランスでは、姓に対して敬称をつけるが、名前は呼び捨てだ。
しかも、聖人の名前から取ることが慣用になっているから、同名が多くて困惑する。

一方、フランスでは、愛称というのか、名前以外に様々な呼び方があって面白い。
皆、そうしたことを楽しんでいるようでもあり、イメージが膨らむ。

mon chèriモンシェリ(男性に対し)、ma chérieマシェリ(女性に対し)
いずれも、my darlingマイダーリンの意味で、まあ、これは普通だ。

しかし、 mon poussinモン・プサン(ひよこ), mon lapinモン・ラパン(うさぎ),
ma bicheマ・ビッシュ(雌鹿)は、まだしも、mon chouモン・シュ(キャベツ)、ma puceマ・ピュース(ノミ)となってくると、次第に想像力と妄想を必要とする。

夫は、若かりし頃、私のことを、petit culプティキュ(小さなお尻)と呼んだりした。
断っておくが、何も特別なことではなく、フランス社会ではこれも普通に使われる。
お尻にコンプレックスのあった私は、なんて素敵!と舞い上がったものだ。
ちなみに、プティは「かわいい」というニュアンスも含まれる。

時が流れ、結婚25年以上も経ち、いつしか『モーッシュ』と呼ばれるようになった。
電話で『もしもし』を耳にするようになって、彼流の私に対する愛称なのだが、
日本語だと、なんてことないこの音が、フランス語だと、mocheと聞き取れる。

この言葉の意味は、なんと「醜い」……つまりブス?!
周りにフランス人がいて、振り向かれることがよくある(恥)。

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