喚起のしらべ volume8

『おいしい』

喚起の1曲〜Eggplant / Michael Franks〜

 
おいしい食べ物を口にした瞬間と、いい音楽に触れた時の感覚。
私の場合は共通している。ふわっと心身がほぐれて、とろける感じ。
そして、ウットリと味わうのだ。どちらも幸せで、どちらも人生に欠かせない。

 マイケル・フランクスの「エッグプラント」は、まさしく「おいしい」と結びつく1曲。
ささやくような甘い歌声は味わいが深く、聴くたびに新鮮なおいしさに酔いしれている。

 実はタイトルのeggplantがナスだということを教えてくれたのは、この曲。
ちょっと背伸びをして大人っぽい音楽を探求していた17歳の頃に知った。
背伸びする前に中学生レベルの英単語くらい覚えておけよと今は思うが、
私の英語ボキャブラリーは、ほぼ洋楽のタイトルで形成されているのでご容赦を。

 ナスを使った料理を19種類も知っている、ナス料理が得意な女性と
その女性に魅了された男性の歌。
 「そうか、ナスか。ナスなら私も大好き!」と、一気に親しみが湧き、
歌詞の対訳を片手に歌の世界をあれこれ想像するのが楽しかった。
しかもナスと相性がいいトマトやチーズなどの食材も歌われている。
19種類には至らないけれど、思いつく限りのナス料理を脳内テーブルに並べたものだ。

 この曲をはじめ、マイケル・フランクスの歌には時々フルーツやお酒などの飲食物が
小道具のように登場する。しかも、とても知的に洗練された、センスいい表現で。
彼自身が、とてもインテリジェンスに満ちた人なのだ。
UCLAの博士号を持ち、大学で教鞭をとっていた時期もある。
文学やアート、文化への造詣が深く、実際に私はマイケル・フランクスの歌から
芸術家や哲学者の名前など多くを学んだ。ある意味、“先生”のような存在でもある。
「エッグプラント」が収録されている1975年のメジャーデビューアルバム「Are Of Tea」は、
日本文化を世界に伝えた岡倉天心の名著、「茶の本」にインスパイアされたという。
彼が本物の親日家なのは、ファンの間では有名な話。
東京、京都、奈良が舞台の曲もあるし、中には“かっぱ巻”がキュートに歌われている曲も!
菜食主義の彼らしいなぁ‥。おいしい野菜がある幸せをここでも教えてもらった。

 自身が影響を受けたジャズやブラジル音楽などのエッセンスを吸収して、
独自のポップ・ミュージックを作り続けているマイケル・フランクス。
彼を紹介する時に外せない言葉は、ズバリ「AOR(Adult Oriented Rock)」。
’70年代後半から’80年代、都会的でお洒落な音楽を表すジャンルとして
一世を風靡した、主に日本で使われた音楽用語だ。
今も変わらずAORへの愛情と知識に厚い方々が沢山いらっしゃる手前、
おいそれと自分ごときが介入できないけれど、大好物であることは胸を張って言える。
人の体が食べた物で構築されているように、私の大半はAORで成っているかもしれない。
その最高峰がマイケル・フランクス。

 店頭や食卓でおいしそうなナスを見れば「エッグプラント」のイントロが浮かび、
歌を聴けば「おいしい」。これさえあれば、エンドレスで幸せを味わうことができる。
グルメでなくてもいい。上質の音楽と食材は分かる人でありたい。

一覧へ戻る