喚起のしらべ volume10

『眠り』

喚起の1曲〜キャンディ / 原田真二〜

 
 音楽をカセットテープに録音して聴く楽しみを知ったのは、小学校高学年の頃。
ラジオのヒットパレードやベストテン番組にかじりつき、気になる曲をカセットに録っていた。
レトロな言葉で言うところの“エアチェック”だ。
好きな曲だけが入ったカセットを好きな時間に好きなだけ聴くことができる。
これはもう’70年代の子供にとっては、自分が無敵だと勘違いする程の喜びなのだ。
 
 次々とカセットにコンプリートされていくお気に入りの曲の中で、
特に影響が大きかった1曲は、原田真二さんの『キャンディ』。
本人による作・編曲。作詞は松本隆さん、共同プロデュースに吉田拓郎さんが
名を連ねた、名曲中の名曲だ。
「そうだ! この曲を寝る時に聴く音楽にしよう」と思いつき、
私は『キャンディ』をトップに、メロウな曲ばかりを集めたカセットテープを作成した。
タイトルは、眠る時の“おやすみ”と “ミュージック”を引っ掛けて、“おやすミュージック”。
決して『キャンディ』が、眠たくなるような曲だという意味ではない。
歌詞も、イバラに囲まれて眠る女性に“目覚めてよ”と歌いかける、つまり真逆の内容。
なのだけど、原田真二さんの甘い歌声や、この美しいメロディに包まれて眠ると、
いい夢が見られそうだなぁ。と、子供なりに受け止めていたのだ。

 ’77年、 原田真二さんはデビューから3ヶ月連続でシングルを出すという
異例のスタイルで、音楽シーンに現れた。『キャンディ』は、その2作め。
1曲だけでは彼の魅力を伝えきれない、などの意図でのデビュースタイルとされているが、
その意図の通り、タイプの違う3曲には原田真二さんの豊かな音楽性が溢れ、
私はそれぞれにウットリしていた。もちろん、日本中の数多くの人が!
しかもデビュー当時18歳だった原田真二さんは、カーリーヘアでベビーフェイス。
ピアノを弾きながら歌う姿は、王子様さながら。
他の歌手とは違い、自らのバンドと共に歌番組に出ていたのも新鮮だった。

 色んな意味で、私に多くの “目覚め”をくれた『キャンディ』。
“眠り”など、テーマに沿った選曲をする楽しみを教えてくれたのはこの曲だし、
後にエルトン・ジョンやビリー・ジョエル、ギルバート・オサリバンはじめ、
ピアノを弾きながら歌うシンガーソングライターに親しめたのも、原田真二さんがきっかけ。
心から感謝しているアーティストのひとりだ。

 かくして出来上がったベタなタイトルのカセットテープ、“おやすミュージック”。
布団に入り、毎晩のようにイヤホンで聴いていた。
子供ゆえ、全部再生される頃には寝てしまっていたけれど、
最初に流れる『キャンディ』だけは、逃すことはない。この曲の心地よさが睡眠学習のように脳に刻まれているのか、大人になってからも私の眠りは基本的に健やかだと思う。

 他の欲求は耐えたとしても、私の場合、絶対に抑えることのできないのは睡眠欲。
年齢とともに欲求が強くなり、睡眠の質と環境にもこだわるようになった。
理想は、美しいもので視覚と聴覚を整え、心身をリセットしてから夢の世界へ旅立つこと。
実現が難しい夜もあるが、脳裏に『キャンディ』があれば安眠できる。
“目覚めろよ!”と、翌朝自分を怒ってしまうくらいに‥。(曲に罪はありません)
 

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