アンティークトランクの物語 プロローグ

『3人寄れば…』 前編

【登場人物】

幸枝
青春期には海外に憧れ、特にニューヨークが好きだったというのに、なぜか日本でフランス人と出会い結婚。
一男一女(現在それぞれ20歳と18歳)をもうけたが、「出産・子育てはフランスが良い」というご主人の意向で、8年間はフランス在住。
その後は、家族全員が大好きという京都に移住、主にフランス人を対象とした旅行会社をご主人と共に経営し、今回の連載の元になった「アンティークトランク」の販売も手がけている。

みか
10年以上続く政経界で人気の番組を手掛ける敏腕プロデューサー。
作家としてもイベントの仕掛人としても大活躍で、このサイトの運営者でもある。
伴侶は、生粋の日本人で良家のご子息、メディア業界のベテランとして、影に日向に妻を支える。
二人の間には、文武両道のイケメン一人息子(現在23歳)がいる。


フランスで主にパリダカールラリーやルマン24時間レースなどモータースポーツ分野で長年通訳コーディネーターを務めた。
スペイン系フランス人の夫は現在ホテルマン。
2005年以来、夫は転勤族と化し、自ら進んでグータラ主婦に。
ほぼフランスの教育システムで育った一人娘(現在25歳)は、UCL(ロンドン)で神経科学分野のPh D課程へ進学中。

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【薫】
幸枝さんは、どういう経緯で、アンティークトランクに関わるようになったのですか?

【幸枝】
夫の叔父叔母が亡くなった時、彼らに子供がいなかったもので、私の旦那様が遺産を相続したのです。
夫はアンチークが大好きだったこともあって色々引き取ったものの、あまりにもモノがいっぱいになってしまい、それらの保管に家を借りました。
その中に、ダイヤモンド商だった曾おじいちゃんが使っていたトランクがあったのです。

ハンガリーからの移民でフランス人と結婚した曾おじいちゃんはお金持ちだったようですが、ルイ・ヴィトンの鞣し革の大きなトランクやゴヤールのものなどを持っていました。
それを売ろうとなった時に、友人がそうしたものを修復する職人を紹介してくれたのです。

その職人さんに引き取ってもらったのですが
「ストラスブールのアトリエには、美術館もあるから、修復したトランクを見がてら、ぜひいらしてください」
と言われ、しばらくして行ってみたら、なんと、美術館に曾おじいちゃんのトランクが飾ってあったの。
見違えるほど綺麗になってて、びっくり! 
そして、アトリエにお邪魔すると、ものすごい広いスペースに、大きなコンテナがあって、頑丈に鍵が何個もかかってて…開けると、中から、ルイヴィトンのトランクが出てくる、出てくる…

それをきっかけに、興味が湧いて、アンリ・ヴィトンが書いた著書とか、アンティークトランクにまつわる書籍を読み漁りました。

子供も多かった昔のお金持ちの家庭では、メイドさんや執事といった使用人を連れて、ドーヴィルなどに、バカンスで出かけました。
生活様式も、時間の感覚も違っただろうと思いますが、数ヶ月も普段と同じような豪奢な時を過ごすとなれば、様々なものを持って移動しますから、当然大きなトランクが必要だったんだ、ということも納得できたわけです。

「これを日本でも紹介したい」というと、アンリ・ヴィトンの娘のダニエルさんが、凄く喜んで下さった。
でも、いざ代理店業を始めてみると、大きな現物はフランスにあるし、一つ二つ、小型のトランクを見たところで、よくわかってもらうのは難しい、と感じました。

日本では、西欧骨董というと、どうしてもマイセンをはじめとする陶器が主流の印象。
フランス語でmalle(マル)と呼ぶ大型トランクというものが、何たるものかは実感にない。
これだけ西欧化しているのにインテリアにそうしたトランクを使う、というレベルではない。
こうしたトランクを資産として持つ、という考え方があっても良い、と思うのですが…

もちろん、ギャラリーとかに、大々的に展示すればいいのでしょうが、それは叶いませんから、どうしよう、と悶々としていたところ、ヒョンな事でみかさんと出会って
“まずは、アンチークトランクを連載のような読み物として紹介していってはどうですか?” 
というアイディアを頂いたわけです。

【薫】
そして私にこの連載の依頼が来たわけですね…。
私はこの連載を担当することになって、アンチークトランクというものを色々調べはじめたのですが
やはり、まずは、歴史や背景を知らないと何も語れない、ということから今も勉強中です…

思うに、昔の日本の家というのは、マイナスの美学で、モノが少なくて整然としてて、とても素敵だった。
ところが、今や、西洋風に様々な家具やら何やらモノで溢れかえってしまい、逆に雑然として美しくなくなってしまった気がします。
だから、こうしたアンティークトランクがあっても、インテリアとして生かすにはどうするか、ということから始めないとダメなのかも、と思うの。

ラスベガスに住んで家具を探したときに思ったんだけど、アメリカ人は古いヨーロッパのアンティークなものに憧れてて家具もそれっぽいものがたくさん出回っていて…。
でも、どこかキッチュでマガイモノ的なのが多い印象があって。

日本ではどうか、というと、すごいお金持ちのお家でも、高価な本物もたくさん置いているのに、どこか違和感を感じる。
というのか、素敵だなあと感じられるインテリアが少ないような気がするんだけど…。

【みか】
そもそも日本は住宅事情が悪いので、『インテリアを飾る』という域まで、一般の人はなかなか及ばないのだと思う。
生活することに手一杯だと、まずは実用性で、作り付けのクローゼットや押入れにモノを片付けて、外は平らである方がお掃除もしやすいし(笑)という感じ。
少し余裕が出てきて初めて、(インテリアとして好きな家具を入れましょう)とか、(好みのものを一つ二つ飾りましょう)になる。そんな印象がありますね。

【薫】
モノ、ということを考えた時に、例えば、ファッションにしても、何を着ます、アクセサリーをどうつけます、というのがあるように、家も、インテリアを考えた時に、好きなオブジェがあって、それを中心にしたインテリアを考えるのか、箱があってその全体のインテリアを考えるためにこれが必要なのか、となるのか。

【みか】
日本人は箱が先ですよ。土地を買って家を建てられる人は箱から入る。
マンションを買う人も、立地や大きさなどから考える。
収納が多いマンションが好まれるという話もよく聞きます。

インテリアから入る人はまずいない気がするなぁ。
こんな事言うと反感買いそうだけど(笑)、家を建てる、マンションを買うなど、そういう事でイッパイイッパイ…、そこからローンだのなんだのってなって、家を買った上でインテリア云々を語れる人って一部なんだと思いますよ。

【幸枝】
そうですね。確かに、日本人は箱からですよね。

そして、「成金主義」的な感覚からすると、こういう古びた感じのトランクを買って人に見せる、という感覚はないだろうな、と。
アンチークとはこういうものだ、と世界を見てきたような人には、わかるというのか、こういうものを持つことが嬉しい、という感覚があると思うんですが。

代理店のHPなどで、値段を入れてないから、問い合わせはあるんですけど、これまで問い合わせは全て男性でした。
で、実際買ったのは台湾人の男性…

【薫】
ちょっと思ったのは、日本にはブランド物のバックを持つ若い女性がたくさんいるけど、それは、ちょっと「人に見せたい」欲求もあるのか、と。
単に自分が持ちたいだけかもしれないけど…

【みか】
あら、ブランドバックはマウントするための道具だと思っていたわぁ〜(笑)

【薫】
えっ、なにそれ!?

【みか】
日本におけるブランドバック、それはダンナの勤め先でも出世の度合いでも、まぁ乗ってる車でもいいんだけど、全てマウントするための道具なんじゃないかと。

例えば、可愛ければなんでもいい、とNo brandのバックを持って出かける。
そこに、ルイヴィトンのバックを持った人が来て「私、LV持っている、あなたとは違う」となる。
さらに、そこに、エルメスを持った人が来れば、今、LV持ってマウントした人はさらにマウントされるわけ。

【幸枝】
はーっ、なるほどぉ~笑。

【薫】
人目が大きい? 

そういう意味では、確かに、ヴィトンの格が下がっちゃったが故に、ゴヤールが出てきて…
「ヴィトンなんか持ってないよ、ゴヤール、知ってる?」みたいなノリがあったでしょう。
今でも、ゴヤール持っている人は「私はヴィトンじゃないからね」ていうアピールがあるような気がする。

【みか】
例えば、私は、このぐらいの年齢になって、仕事があって、自由に使えるお金が多少はある。
でも、ノーブランドのバックを持っている事が多いし、ブランドの服を着ない…
すると、「あの人、ちょっと変わってる」って、見られて、陰で何やら言われてる…らしい(笑)。

「言われてますよぉ」って、スタッフやアシスタントの人が教えてくれるの。
こんな性格だから笑ってネタにしてるけど、心が弱い人だと病みますよね。
ブランドバックを持たない理由、ブランドの服を着ない理由があるんだけど、いちいちみんなに言う事でもないじゃない…

【薫】
では、ここで改めて、理由って?(笑)

【みか】
ブランドの洋服については、若い頃はブランドの服を着る事のできる”スタイル”だったけど、似合わない気がして…だから着なかった。今はブランドを着ても大丈夫な感じにはなったのだろうけど、太ってしまって、フォルムが美しくないから着られない…。

【幸枝 / 薫】
そこーっ?! 

(一同大笑)

【みか】
バッグについては、そもそも私は、常に多くの荷物を持ち歩くタイプなので、ブランドのカワイイバッグでは入りきらない…って事なんだけど

実は、伊勢丹のバイヤーさんと一緒に取材でイタリアへ行った時、ボッテガのカヴァのトート、大きくていっぱい入りそうで、私にピッタリと思って見ていたら
「みかさんみたいに荷物をイッパイ入れたら、フォルムが崩れて美しくないカヴァになるからおすすめできない」と、キッパリ(苦笑)
ボッテガのカヴァは大きいバッグにチョコっとモノを入れて持ち歩くモノなのだと…

【薫/幸枝】
これまた笑えるエピソードね。とことんブランドモノにご縁のない…

【薫】
ブランドを買う人は、どういう格好したらいいかわからないからそれをそのまま買うんじゃないの? 
その方が楽じゃない?

【みか】
否、「エルメスを着ている私を見て」という感覚なんじゃないのぉ? 
って、自分が着られないから穿った見方しているかしら(苦笑)

【幸枝】
日本人は多分、みかさんの言ってる方でしょうね…笑

【みか】
バブルの時代は特に、「あなたはヴィトンなの? 私はエルメスよ、」っていう風潮があった気がしますねぇ…

エルメスといえば、薫さんのパリのお家、エルメスのスカーフがカフェカーテンになっている、という…さすがパリのお家だわぁ~って、1人で盛り上がっちゃったわよぉ~(大笑)

【幸枝】
えっ? エルメスのスカーフのカフェカーテンって…何?なに?何?

【薫】
いや、いや、いや。
スカーフが好きで、いくつか持っているんですが、たまたま、家で洗っちゃって、ちょっとシミになっちゃったもんだから、そうなった。
スカーフとして使えないことはないんだけど、台所のドアが半分ガラスになっているところが綺麗じゃないからそれをかけた、だけなの。
そしたら、みかちゃんが家に遊びにきた時に、「何これ」って言われて…

【みか】
私は薫さんをよく知っているから、その事実についてどうこう思わないんだけど
日本に帰った時にネタとして
「私の友人でパリに住んでいる日本人なんだけど、エルメスのスカーフをカーテンにしてるの」
って話をしたら
「どんだけマウントする凄い友達がいるんだ、しかもパリに」
と、いうことになっている(笑)。

【薫】
ははは、事情を知れば、なんてことない理由なのにね。
でも、ついでに言えば、今、内装替えて台所も変わったんだけど、実は、そのうちワインクーラーを入れようと思っているスペースが、物入れになって見苦しいから、相変わらず、エルメスのスカーフをかけている(笑)。

【幸枝】
確かに、それは、見たらビックリしますよね。しかも、一時期だけじゃなくて、今も相変わらずそうして使っているんだし。
やはり、それはそれで使い勝手があるわけですもの。

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