アンティークトランク物語

~ はじめに~

言葉というのは面白い。
受け手によって印象が変わる
ソコが特に面白い。

古いモノを形容するに
“Antiqueアンティーク”
と聞くと
「おしゃれでインテリアにもなるもの」
というイメージがあるが
“骨董”
というと
「実用では役に立たないが、美術鑑賞的価値の高いもの」
という感じになる。

フランス語で
“Brocantブロカント”
というと
日本語の
“古物商”
のごとく古道具などを扱う店を言う場合もあるが
ガラクタ?! を売るフリーマーケットをそう呼んだりもする。

“Vintageヴィンテージ”
という言葉もあるが
語源は
vendange(ぶどうの収穫の意)。
フランス語でワインをvinヴァンと言い
ヴィンテージは、読んで字の如く
元々はワインの年代を語るものだったのが
いつしか様々な希少アイテムに使われるようになった。

Vinegar(英)、vinaigre(仏)も派生語
実際開けたワインをずっと置いておくと
“酢”になる。

“レトロ”ブーム
などというのは
「古き良きものを懐かしむ」
感じがあるし
“クラシック”カー
となれば
「古く歴史的な」車とイメージされるが
では、“ヴィンテージ”カーと
何が違うのかと問われると
案外曖昧なまま
漠然と使っているようにも思える。

しかしながら、業界的には
ある程度のガイドラインがあるようだ。

“アンティーク”
と言えるのは
美的にも歴史的にもその重要性が評価されていて
かなり経年したもの

“骨董品”
というからには
100年以上経過したオブジェを差す、という。

さらに
Art nouveauアール・ヌーヴォー

Art déco アール・デコ
という言葉があれば、
時代や具体的なイメージがはっきりしてくることと思う。

“ヴィンテージ”は
実際には、25年未満のもので
ファッションなど再流行しているモノなどに使われ
1960〜1979年の時代モノに適用され

”レトロ”は
25年以上経過したアイテム
一般的には、1950年代(1950〜1959)のモノに適用される
と言われている。

商売としては価格や価値に影響するので
分類の仕方には、賛否両論あるようだが
そんな中で使われる
“コレクターズアイテム(収集品)”
と言ったカテゴリーは
100年は経っていないが
貴重なオブジェであることに変わりはなく
公に“アンティーク”とは言えないまでも
「希少な掘り出しモノ」
という類を指すらしい。

では次に、『トランク』という言葉だが、

英和辞書を引くと、
-(一人で持ち運びができないほどの大きな旅行用)大かばん
-(自動車の)トランク、荷物入れ
は、よしとして
-(木の)幹、樹幹、(首・四肢と区別して体の)胴、(ものの)本体、主要部
というのには「へえー」となった。

やはり言葉というのは奥深い。

仏和辞書を引くと
『malleマル』
『coffreコッフル』
『valiseヴァリーズ』
といった言葉が並ぶ。

『malleマル』は
「大型トランク、旅行用大かばん」
であり

『coffreコッフル』は
「大箱、(車の)トランク、金庫」
さらに
「胸や肺、声量」

『valiseヴァリーズ』は
「スーツケース、旅行かばん」
と出ている。

厳密にはそれぞれ作りに違いがある。

『coffreコッフル』は
クルミの木や柏木等、高品質で重い木材が使われ

『malleマル』は
ポプリ、もみの木など、実用的で軽い木材が使われた。
そして移動用に設計され
外装には布や革
内装にはキルティングされた紙や布が使われた。

対して
『coffreコッフル』は
あくまで物入れで
外観は自然なまま手の込んだものではなかった。
材質は丈夫だが
特に角の部分は、落下の衝撃には弱かった。

『coffreコッフル』は
最も古い家具であり
椅子やテーブルとしても使われた。

初期の
『malleマル』は
『coffreコッフル』に似た形状だが
旅用なので
シンプルだが衝撃に耐えられるよう
角やデリケートな部分に鉄具や金具で補強され、頑丈な作りだった。

写真は、我が家にある
モロッコ製の現代版『coffreコッフル』。
枠組み等土台は木材で
ラクダの骨を使った装飾が施され
補強に金属も使われている。
同紋様の小サイドテーブルもある。
パリの国際見本市で買ったもの。
モチーフがイスラムっぽく、オリジナリティもあるが
存在感がある故、置き場所を選ぶ。

さて、『トランク』の形状は
交通手段の発達だけでなく
衣服の流行も反映したが
着物文化の日本には
『malleマル』と『coffreコッフル』を
併せ持ったようなものがあった。

若い人は知らないかもしれないが
『長持(ながもち)』
と言う。

箪笥以前に民具として使われ
衣類や布団、調度品等を入れる蓋つきの大きな箱。
物が長く持つのでそう呼ばれた。
両端に金具がついていて
そこに竿を通し、二人で担いで運搬した。

他に
『行李(こおり)』
というものもあった。
竹や柳、藤などで編んだもので
身の回りのものを収納
旅行用の荷物入れにも使われたとの事。
長持ちに比べて運び難かったのではないかと思うのだが…。

中国語では、文字どおり「トランク」を『行李』と書く。

国際空港や航空会社の中国語サイトでも
この表記を目にするが
漢字文化で育った日本人でも
今や漢字の「行李」より
英米語の”Luggage”やBaggage”の方がわかる
というものかもしれない。

『valiseヴァリーズ(仏)』は
16世紀頃から使われだした言葉のようだが
自分でも持ち運びができる小さなサイズの鞄を呼ぶ。
スーツケースやアタッシュケースに当たるもので
丈夫さと軽さから
今では、メタル製が市場の大半を占めるようになっている。

ところで、疲れたり歳をとると
目の下に「たるみ」が出来るが
面白いことに、それも『valiseヴァリーズ』という。
英語も、同じく
bags under the eyes
と表現する。

言い得て妙な皮肉表現ではあるが
女性としては笑えない。
こっちのバックやトランクは…いただけない……

というわけで、本題の
『アンティークトランク』へ。

ブランドとして価値のあるものは
言わずと知れた

-ルイ・ヴィトンLouis Vuitton
-ゴヤールGoyard
-モワナMoynat

といった大御所モノ。

いずれもトランクの黄金期に生まれている。

ブランド名がカッコよく聞こえるが
言ってみれば
「鈴木一男鞄店」とか
「山田商店」「越後屋」といった“屋号”と同じ。

逆も然りで、外国だと
漢字表記がカッコいいとなる。

お互いに、外国語だと
”エキゾチックやハイセンス”な印象
になるのが面白いところだ。

このお話を読む皆さん
ブランドバックはお好きだと思うが
ブランドの中にもイメージや格付けがあり
ブランドならなんでも良い
と言うわけにはいかないだろう。

その一方で
ブランドトランクを持つとなれば
さらに線引きがあるように思う。

リモワやサムソナイトが好まれる軽量化の時代に
わざわざ皮革製のトランクを選ぶ……
まして、プレタポルテの類である大量生産品ではなく
オートクチュールに属する自分だけの特注品
となれば、値段も破格
王侯貴族ならずともレベルが違う、というもの。

それを持つに相応しいかどうかはさておき
大なり小なり誰もが持っている
虚栄心や顕示欲の現れ
とも言えるかもしれないが
服装と同じように
持ち物にも自分流の哲学やこだわりがあって良いと思う。
何より自分がそれを”好き”かどうかは大きい。

そういう意味でも
”アンティークトランク”を持つことは
一つのライフスタイルだ。

“アンティーク”
というからには
100年以上もの歴史を生きた文化遺産である。
それに加えて
誰が所有し、どんな旅をしてきたのか
という付加価値もついて
数え切れない物語がしまってある。

それを「自分のものにする」
それが「自分のものになる」
のだから
重みが違う。

まして、ヴィンテージのバックやクラッシックカーのように
外には持ち出せない。
実用的に使えるとしても、あくまでもインテリアであり
密やかな自己満足の領域だ。
投資の対象としても、魅力的なオブジェであることはいうまでもない。

さらには
patronageパトロナージュ

noblesse obligeノブレス・オブリージュ
の一つの形にもなる。

つまり
『文化や歴史を継承する』
という社会的責任と義務を果たす事にもなる。

という意味では
自己満足以上のものになるはずだ。

これを機に「トランク」を買いたくなり
そのアプローチは
”ヴィンテージ”から入って将来的に”アンティーク”
でも良いと思うし
いきなり”アンティーク”
でも良いと思う。

最後に
この『アンティークトランクの物語』は
公「歴史」+私「物語」
という構成で
オムニバスに展開するつもりでいる。

なので「物語」という言葉についても
加筆しておきたい。

現代英語では
”history”歴史

”story”物語
を分けるが

フランス語histoireイストワール
ドイツ語geschishteゲシシテ
イタリア語storiaストーリャ
スペイン語historiaイストリア
は、いずれも
「歴史」と「物語」
両方の意味を兼ねる言葉である。

そうした言葉の語源である
ギリシャ語のιστορία (istoria)は
「過去を探求して学んだこと、知り得たこと」
を意味する。

まさに私の目指すところはそれで
自らの経験で得た知識と
書籍や対話を介して
多くの人々から学んだ過去の社会の話を
旅のエッセンスを交えながら
蘊蓄満載にご紹介していきたいと思います。

2020年10月某日

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