小笠原緑氏
Noriko Minkus ミンクス 典子

福岡県出身。ドイツ建築家協会認定建築家。東京理科大学建築学科修士課程修了後、2003年に渡欧。ウィーン、デュッセルドルフ、ロンドンの設計事務所勤務を経て2010年よりライプツィヒ在住。2011年に空き家再生日独文化交流拠点ライプツィヒ「日本の家」を立ち上げ、18年まで共同代表。15年より消防署を再生する社会文化プロジェクトOstwache共同代表。働く環境を良くする設計を専門とする建築家、design2sense 勤務。2児の母。

インタビュー・テキスト: 司寿嶺
―――典子さんの普段のお仕事は?

設計事務所で週に30時間働いています。それ以外に時間を作って「日本の家」のことをやっています。主に経理、手続き、問題が起こった時の対応などですね。東地区で消防署が空き家になるのでそれを文化施設にしようというプロジェクトの代表もしています。家庭では4歳と7歳の女の子2人がいるので、幼稚園と小学校に17時までに迎えに行きます。

―――今回ライプツィヒに来て思ったのですが、子供が多いですね。

ライプツィヒは今ベビーブームですよ。幼稚園と小学校が足りないのであちこちで建設が進んでいます。日本でいう待機児童はないですね。運が悪いとちょっと離れたところに通うことになってしまいますが、我が家は幼稚園も小学校も徒歩10分くらいのところに通えているのでラッキーです。
東ドイツ時代、共働きが当然だったので現在でも当たり前のようにここでは両親共働きです。母親もみんな仕事を持っていて、父親が育児休暇をとる場合も多くあります。西ドイツ側の友達の話を聞くと、預けられる保育園の時間も短く高額なので、だったら別に預けなくても家にいる方がいい、って選択する人も多いみたいです。

―――日本とドイツの仕事をする上での違いはありますか?

私の仕事は建築設計なので一般的には言えないと思いますが、日本にいる時は昼から仕事を始めて夜中まで、朝まで・・・明け方に一度帰ってシャワー浴びて寝てまた昼から出てくる感じでしたね。普通に9時に出社すれば19時とか20時に帰れるはずなのに。
東京の設計事務所で仕事を始めた当初、私は朝9時に出社していました。でもそうすると、前日の夜中に打合せしたことを私は知らなくて、みんなが昼頃に出社するまで、私が午前中にやったことがすべて台無しになるということが何回もあって。「ああ、これは意味がない、私の方がみんなに合わせないといけないんだ」と気づきました。それで私も午後から行くようにしました。でもそうすると終電が早いから、結局始発まで机の下や、椅子を並べて仮眠をとるようになってしまって。

―――で、始発で帰ってシャワー浴びて?

そうです。で、また午後に出てくる。

―――身体に悪いですね・・・。

子供とか、家庭持っている人は絶対無理ですよね。

―――結婚してもそこで働いている女性っていましたか?

女性はいましたけど結婚はしてなかったですね。

―――なるほど。では、ドイツではどうですか?

ドイツではきちんと時間内に成果を見せることができないと能力がないと判断されます。仕事の量が多すぎて自分のキャパシティを超えていたら、分担するように人員を増やしてもらうか、期日までに終わらないようであればスケジュールを調整しなければいけません。管理が出来ないのであれば、本人のコントロール能力が足りないことになります。
その分、決められた時間内に決められたことを達成すればきちんと評価されます。むしろ「徹夜して頑張りました!」はまったく通用しませんし、次の日に疲れて集中力が欠けていればマイナスになります。

―――なんだったら家で仕事してもいい、みたいな?

ホームオフィスを支援する職場も増えていますよ。私が働いている設計事務所には共有のノートパソコンがあって、子供が病気の時にそれを借りて家で仕事する場合もあります。

―――日本だと昔の考え方がいまだに残っていて、たとえばフレックス制でも、自分の業務が終わっていれば帰っていいはずなのに「え?もう帰るの?」みたいに見られる風潮はまだありますね。

まったくそういうのはないですね。
私の働いている設計事務所は、働く環境を良くする設計を専門にしていて。内装が主ですが、壁紙やカーペットを張り替えるとかではなくて、まずクライアント企業の社員とワークショップをして、現在何に問題があって、今後どういう風に仕事をしていきたいか、コミュニケーションをどうやったらとりやすくなるか、固定の席がいらない人は何人いるか、などを話し合います。そこで課題を見つけ出して、レイアウトを2つ提案しそこからさらに詰めてというのをやっています。ドイツ国内でプロジェクトが複数動いていますが、すごく面白いですよ。

―――コンサルタントみたいですね。

コンサルタントも兼ねていますね。実際に働いている人たちの要求と課題を聞いて、こちらからの提案を一緒に積み上げていく、というプロセスです。

―――みんなで作っていく、というのはいいですね。日本だと中小企業なんかは特に、社長の独断でオフィスを作るところも多いですよね。

そういうのはもうドイツでは時代錯誤になりますね。社長室がないオフィスもあるし、スタートアップ系のIT企業だと組織内がフラットだから、ヒエラルキーで席をつくるのではなくプロジェクトチームごとに部屋をつくって、チームが解散したらまた次のところに移る、とか。
電話で苦情処理をするコールセンターも減ってきています。自宅勤務の外注に頼めば社内に席を確保する必要もないし、ウェブサイトにQ&Aを書いておけば問い合わせも減ります。そうやってスタッフの数を減らす企業も増えています。デジタル化すると、アーカイブ室や倉庫の面積も減りますし。

―――オフィスを縮小する際にじゃあどうするかっていう話になるわけですね。

そうです。そうすると、もっと食堂を広くするとか、働く時間が詰まっているからストレスをためないように、それを解き放つ時間が必要、だったらみんなでヨガが出来る部屋やリラックスできる場所を作ろう、とか。

―――特に印象的な会社はありますか?

現在進行中なのですが、フランスの上水・下水を扱っている会社がライプツィヒにあるんです。経理と人事の人たちって、秘密を守らないといけないので個室でドアを閉めたがる傾向にあるんですよ。でも、朝8時に出社してタイムカードを押して自分の個室のドアを閉めて仕事して夕方に帰る、となると、誰とも何もしゃべらないじゃないですか。私たちは常にオープンオフィスだけを勧めているわけではないですが、もしそのドアがなければ「ちょっと質問があるんだけど」って誰かがそこに立ち寄ることができるわけです。
そこで現在の社長が「壁は一切なし」とルールを決めたら、内部で猛烈な反発が起きていて。長年働いている人たちは、個室がない状況が想像できないんですよ。20人一緒の大きなスペースに自席があったら、うるさくて集中できないって言うんです。でも私たちの事務所は音響の専門家と一緒に仕事をしているので、床材、天井材をどう処理して音響パネルをどのくらい置けば何デシベルまで下げられるとか、お互い邪魔にならないようにどれくらいの高さまで仕切りを立てればいいとか提案できるんです。

―――ちょっとした衝立をつくるみたいなことですか?

座った状態で頭まで隠れる高さで十分な場合と、2mくらいまで壁を立ててしまう場合と、あと天井まで仕切ってしまう場合と、衝立の高さにもいろいろありますね。いろんな段階があっていろんな隠し方があります。音響パネルを天井からつるすとか、照明にも入れてしまうとか、家具にも使うとか。広いスペースに20人が座ったからって、必ずしもすべての場所がすごくうるさくなるわけじゃないんです。そういうことを説得しながら、話し合いながら進めているのですが、今ちょっとずつ変わりつつあるところなのでそれがブレイクスルーできればすごく面白いなと思います。

―――人を隔離せずに、コミュニケーションを取りやすく、でも集中できるように、ということですね。そういうプロジェクトをいくつか同時並行で抱えていると?

そうです。ワークショップで話を聞いている段階の案件と、ブースを具体的に設計する段階のものと、あと現場がもう進んでいるところと。規模もいろいろですね。