松橋萌氏
松橋萌

埼玉県生まれ。多摩美術大学美術学部絵画学科油画専攻卒。2012年に渡独。2015年ドレスデン造形芸術大学ディプロム修得。2016年公益財団法人ポーラ美術振興財団在外研修員。2017年ドレスデン造形芸術大学マイスターコース修了。現在はベルリン在住。

インタビュー・テキスト: 司寿嶺
―――萌さんの作品には、緑、空や鳥など、自然のぬくもりが感じられますよね。

基本はそうですね。媒体が変わったりはするけれど、自分が表現したいものの根底は変わらないので。

―――表現したい根底にあるものってなんですか?

自分でもよく分からないんですけど、子供に返りたい、みたいな欲求があるんですよ。それが自分にとっては自然に返るっていうことと近いのかな、と思っていて。子供にしか見えていない世界というものがあって、大人になるにつれてそういうのって薄れていくんじゃないかなと思うんです。記憶が重なっていって、埋もれていってしまうというか。自分が昔感じていた、ピュアって言ってしまえば簡単なんですけど、そういう根源的な気持ちみたいなものを忘れたくなくて、それは人類共通の気持ちなんじゃないかなと思っていて。そういうことを表現したいというのはずっとあるんですよ。

写真:松橋萌氏の立体作品。綿布やフェルト、ワイヤーで作られた三輪車の立体作品。タイヤは黄色・ハンドルは青色・サドルは緑色という鮮やかな色彩で作成されている。

「三輪車の事故」松橋 萌 2012年 綿布、フェルト、ワイヤー

写真:松橋萌氏の平面作品。エルベ川を眺めている少しデフォルメされたような表情の見えない三人の子供の後ろ姿を中心に画面手前には木々や草が生い茂っている。画面後景には小さい家など町がみえる。要素の重なりで表現された、キャンバス油彩で描かれている作品。

「an der Elbe(エルベ川のそばで)」松橋 萌 2016年 キャンバスに油彩

松橋萌氏の立体作品。人間の身長よりも少し大きい長方形の木の箱の真ん中付近に森のような景色が幾重にも重なり表現されている。少し暗い部屋で、光があたり白い壁に作品の光の色が投影されている。

「Waldbühne(森の舞台)」松橋 萌 2016年 ミクストメディア

松橋萌氏の立体作品。木材を使い表現されたブナの森の作品。木材が重なりあい、木々や葉が表現されている。

「Buchwald(ブナの森)」松橋 萌 2016年 木材、ニス



子供って、固定観念にとらわれてないというか、フィルターがかかっていないというか。私は大学の時にすごく強く感じたんですよ。それは自分が大人になっていく過程だったと思うんですけど、なんか、「それ」が失われるのがすごく怖い、みたいな気持ちになりましたね。



学生時代から現代美術家・村上隆さんのスタジオでアルバイトをしていた萌さん。卒業後も仕事を続け、そしてドイツへ渡るきっかけとなった転機が訪れます。



―――萌さんは村上隆さんのスタジオに5年いたんですよね。

はい。すごくいい経験になったと思います。ただ、学生の頃は大学とスタジオのアルバイトでバランスがとれていましたが、卒業後はどんどん脳内が村上隆に支配されていくみたいなのがあって(笑)。ドイツにきたのも、村上さんの言葉の影響もありましたし。

―――それはどんな?

朝礼で、村上さんが「美大生は社会的に役に立たないゴミだから、社会の底辺だ」ってまず言うんですね。「君たちは世界のことを何も知らないだろう」って。それがすごく悔しくて。

―――学生に向かっていうんですよね?

そうですね(笑)。

――すごいなあ(笑)。それで?

自分もいろいろと知らないといけないなと思って。外に出なきゃ、って。

――具体的にはスタジオではどういう業務をしていたのですか?

私は平面作品担当だったので、下地でキャンバスを貼って、ジェッソを塗ってつるつるにしたりとか。

―――ジェッソ?

石膏を砕いて水で溶いたものです。それで表面を固くするんです。表面を磨いて、その後シルクスクリーンをするんですけど、データチームの人がアクリル絵の具の見本をいろいろ作るので、それにあわせて色を調合して。何万色ってストックがあるんです。体育館2つ分くらいのスタジオで。
それで、2009年だったかな。村上さんのところにいた時に、「アーティクル」という雑誌の賞に入賞して、それをギャラリーNANZUKAの南塚さんが見に来ていて声をかけてくれて、グループ展をやることになったんです。その時に一緒だったドイツ人のマーティン・マニクというアーティストがいるんですけど、彼の作品がすごく好きで。それでドイツに興味を持つようになって。

―――それがドイツへ行くきっかけだったわけですね。

はい。彼のスタジオを見に行ったりもしました。彼が通っていた学校だったら先生も紹介してあげるよ、と言ってくれて。2012年に渡独して、ドレスデン美術大学に入りました。それで、2018年7月にマイスターコースを無事修了しました。

―――今住んでいるベルリンに来たのはいつですか?

2018年の2月です。

―――ドレスデン美術大学を卒業したのは7月ですよね?その前からベルリンに?

そうなんです。ドレスデンとベルリン半々、みたいな生活で。夫がベルリンにいるので。

―――日本の方なんですよね。

はい。つきあいはじめたのは大学卒業してすぐなので、もう長いですね。結婚したのは2017年かな。

―――彼は萌さんがいるからドイツへ?

そうですね、私がいたからっていう理由だけですね、ほんとに(笑)。言わずともお互いに感じるみたいなのがあって、彼も日本にずっといたいタイプではなかったし、グラフィティも好きで、ストリートアートに興味があったみたいでベルリンでもいろいろと見ることができるし。
日本では清掃業の仕事をしていましたが、辞めてついて来てくれました。彼にとっては、私と一緒にいることが一番重要みたいな感じみたいで。ありがたいですね。

―――素敵ですね。彼も絵を描くのですか?

そうですね。壁画みたいな感じの絵を描いていますね。

―――話も合って、いいですね。ベルリンではどんな生活をされていますか?

彼は就労ビザを取得して、いまラーメン屋で働いています。私は週に3回くらいパン屋さんでアルバイトして、あとは制作しています。

―――今、萌さんのお腹おっきいですけど、生まれてくるお子さんのビザはどうなるんですか?

ドイツで出産する予定なので、子供だけでなく親も市民権をもらえます。

―――外国で子供を産み、育てることに不安はないですか?

いろいろ調べたら、日本とそんなに変わらないかなと思って。本当に子供に優しいんですよ、ドイツは。トラムとかに乗る際赤ちゃん連れは無料だったり、育児休暇も父と母で半分ずつわけたりもできますし。

―――今回ドイツに来て思いましたが、男性でベビーカーを押している方をよく見ますね。日本では、保育園に預けられなくて会社を辞める女性がまだまだいます。ドイツの方が子育ての環境は良さそうですよね。

そうですね。ドイツ人の友人に、子供がいると社会と溶け込むのが早いよ、って言われました。ベルリンに引っ越してきて新しいコミュニティをまだ開拓できていないのですが、子供と公園にいたらすぐ友達できるよ、って。